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Iさん おすすめの本



職場の読書家Iさんに教えてもらったおすすめの本。
なんとこの夏100冊目に!
沢山のご紹介ありがとうございます‼
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108.
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神々の乱心

松本清張 著  
定価:上巻858円  469ページ
   下巻792円  446ページ 
出版社:文藝春秋 文春文庫
 
    編集中です

107.
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モンテレッジォ 小さな村の旅する本屋の物語

内田洋子 著  
定価:935円  文庫:331ページ 
出版社:文藝春秋 
 北イタリアのモンテレッジォと呼ばれる小さな村はかつて本の行商を生業としていた。そんな興味をそそられる村をイタリア在住の日本人ジャーナリストが取材し、まとめたのが今回ご紹介の本である。挿入された写真にはポツンと一軒家ならぬポツンと一山村といった佇まいの緑に囲まれた美しい村の風景が広がっている。
 これといった産業のない村は長らく出稼ぎ労働で糊口を凌いできた。その後北イタリアで盛んになった印刷業に関連して目を付けたのが本の行商であった。その始まりは19世紀初頭になる。
 まだ本が一般化していない時代国内はもとより国境をも越えた本の行商は正に文化を運ぶものであった。この村人の動きはイタリアの出版業の発展に大きく貢献することとなり、独自の文学賞である露店商賞を立ち上げるなど存在感を高めて行く。因みに1953年の同賞第一回目受賞作はヘミングウェイの「老人と海」であった。
 今末裔はさすがに行商はしていないが都市部で本屋を営む人は少なくないという。粘土板に書かれた文字はパピルス、羊皮紙に移り、そして紙の登場と活版印刷の発明で本が普及していくことになる。ここに関わってきたモンテッジォの村人達の意気込みに感動する。

106.
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右大臣実朝(太宰治全集6)

太宰 治 著  
定価:1045円  文庫:450ページ 
出版社:筑摩書房 
 大河ドラマ「鎌倉殿の13人」は鎌倉幕府第3代将軍実朝の時代に移り、若い将軍を支える名目で北条義時が執権職を盾にいよいよ権勢を振るい始めている。頼朝を擁立し鎌倉幕府を築き上げてきた有力御家人達のうち何人が生き残っているのかと思わざるを得ない程、凄まじい権力抗争と人間の強欲な性に驚愕する。佳境に入っているドラマは権力を失っていく実朝の苦悩にも焦点が当たる。
 この実朝の心情、行状を克明に描いているのが太宰治の「右大臣実朝」である。文中に歴史書吾妻鏡を要所に挿み、太宰の解釈を加えた構成で、かなり史実に近い内容と言える。実朝亡き後、近習が述懐する形で実朝の生涯を語るものだが、言葉の魔術師とも言える太宰独得の口語表現が苦境に立つ実朝という人物像を際立たせている。
 物語の最後は吾妻鏡、増鏡の文章を原文のまま引用している。前者は宿老の一人である大江広元の事件(実朝暗殺)を予見するような言動が、後者では公暁による実朝暗殺時における執権義時の不可解な行動が記されている箇所であるところが興味深い。頼朝の血筋が断たれることになる公暁の殺害も解せないところである。
 実朝暗殺事件が朝廷と幕府が対立する承久の乱を引き起こし武家政治を確立するきっかけとなったことは言うまでもない。以降武家政治が明治維新まで600年以上続くことになる。 



105.
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禁断の中国史

百田 尚 著  
定価:1540円  単行本:228ページ 
出版社:飛鳥新社 
 3期目に入った中国の習近平政権は独裁色を強めながら欧米化とは異なる独自の中国式現代化を推し進めている。経済から常にその動向が注目されるが西側から見た体制の大きな相違は安全保障面だけでなく、経済安全保障面でも脅威に写る。
 特異な社会を構築する中国とはどんな国なのか良く判らないところが多い。そんな中国の長い歴史の中に隠れた奇習、風習からその体質を探ろうとした本が今回紹介の「禁断の中国史」である。読むのが怖いと表記されている通り、読み進めるのにある程度の構えが必要なのは確かである。ただ救われるのは凄惨な部分を和らげる意図なのか作者の関西弁による滑稽な語り口である。
 中国のノーベル文学賞作家莫言(ばくげん)の「白檀の刑」や日本の東洋史学者宮﨑市定の「科挙」を以前に中国の驚異としてご紹介したことがある。本書はこれらを含め中国の裏面史を総集しており、現代中国を率いる中国共産党の語られたくない履歴まで正に歴史から学ぶがごとく、ここから中国の正体が見えてくるようだ。



104.
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八甲田山  消された真実

伊藤 薫 著  
定価:1100円  文庫:384ページ 
出版社:山と渓谷社 
 193名の凍死という歴史上未曽有の山岳事故となった八甲田山雪中行軍遭難事件は新田次郎の「八甲田山死の彷徨」やこの小説を基にした映画「八甲田山」で広く知られている。この小説お教材に「リーダーとは」「危機管理とは」をテーマとした社員研修やセミナーを受けたビジネスマンは少なくないと思う。
 実は「八甲田山死の彷徨」は作家の解釈や創作により真実とかなり異なっている。数少ない生存者(11名)や捜索関係者などからの証言を頼りに事件の真相究明が行われたが、軍の隠蔽体質に阻まれて当時の報道記事は必ずしも真実を伝えていない。遭難事件は1902年(明治35年)1月におこったもので今から120年も前の出来事である。時の経過と共に風化していた事件を再び世に知らしめたのが既述のように戦後になってからの小説、映画である。
 しかしながら、やはり真実を伝えなければならないとの筆者の強い動機から生まれたのが本書(2018年発行)である。関係資料や文献資料を改めて精査して出した筆者の結論は遭難した青森第5連隊だけでなく、雪中行軍を成し遂げたとされる弘前第31連隊共に無能な指揮者であった故に問題を大きくしたというところである。軍人特有の功名心とプライドが優先した結果であると。加えて遭難事故の原因を「不時の障害」と片付けてしまう軍上層部の無責任体質が背景にあることも。
 「事実を隠し偽った事故報告に教訓はない」(文中引用)日本社会に問いたい言葉である。

103.                   ※只今、編集中です
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高熱隧道

吉村昭 著  
定価:605円  文庫:272ページ 
出版社:新潮社 
黒部渓谷の核心部になる水平歩道と下の廊下は山好きにとっては憧れのトレッキングルートである。断崖絶壁にコの字型に穿たれた山道は死と隣り合わせの危険なルートで、ここを歩けるのは登山上級者に限られる。その一画の阿曽原野と仙人谷の間に高熱隧道と呼ばれるトンネルがある。ここには関西電力管理下の専用鉄道が敷設されており、トロッコで往来が出来る。通常は一般開放されていないがシーズンによって限られた人数のツアー募集が行われている。内部は常に硫黄臭が漂い、水蒸気が充満しているという。
 この高熱隧道の開削は昭和15年に欅平に完成した黒部第三発電所に伴うものであった。人踏未踏の地という地理的条件に加え、厳冬期の自然の猛威が工事の進捗を阻む。更に行く手に立ちはだかったのが掘削ルート上に現出した超高温帯であった。ダイナマイトが地熱で自然発火する事故が頻発するという困難に直面。一方戦時下で電源開発が急がれていたこともあって突貫工事が強行され、多くの犠牲者を出す原因ともなった。
 この一般的に余り知られていなかった黒三工事の実態を綿密な取材と調査を基にドキュメンタリーの形で世に問うたのが、小説「高熱隧道」である。壮絶なストーリー展開の中での極限状態における人間描写が強く印象に残る作品でもある。黒部といえば世紀の難工事と言われた黒部ダムを思い起こすが、それ以前にこんなにも凄まじい発電所建設が行われていた事実に驚愕する。


102.        ※只今、編集中です
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科学のカタチ

養老孟司 宮崎徹 著  
定価:1650円  単行本:200ページ 
出版社:時事通信社
 近頃刺激的なニュースが増えているせいか読む本もノンフィクションが多くなっている。その中では特に自然科学系が知的好奇心をくすぐることもあって気に入っているジャンルである。ある記事で健康寿命を伸ばすのは運動と好奇心だと書いてあるのを見たことがある。だとすればノンフィクションで関心事を拡げ、頭の活性化に繋げれば読書の楽しみも倍加するのだと勝手に思っている。
 という訳で今回ご紹介する「科学のカタチ」は医学界エキスパート御二人の対談による科学よもやま話しを満載したノンフィクションである。その御二人とは「バカの壁」の著者で一世を風靡した養老孟司氏と「猫が30歳まで生きる」の出版で話題を集めた宮崎徹氏である。
 「体にごみが溜まると病気になる。ごみを除けば病気は治る」という原則に立って、このごみ処理に効果的な働きをするタンパク質AIMの宮崎氏の研究は「老化は病気」という観点からしても医学界で注目されているテーマの一つだそうだ。
 養老氏から話題提供された「完全変態をする昆虫の幼虫と成虫はもともとちがう生きものだったのではないか」という完全変態の不思議も面白い内容だった。この方は宮崎氏の手で解明すべく「ショウジョウバエにおける幼虫・蛹・成虫でのゲノム変化解析」が実施されており、その結果が巻末に詳記されている。


101. 
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マリアビートル

伊坂幸太郎 著  
定価:836円  単行本:592ページ 
出版社:角川文庫
 ブラッドピット主演のハリウッド映画「ブレッド トレイン」が間もなく公開される。この映画の原作となるのが伊坂幸太郎氏の「マリアビートル」だと知って早速読んでみた。伊坂氏は言わずと知れたエンタメ小説の人気作家である。「マリアビートル」は「グラスホッパー」「AX」などと共に殺し屋シリーズと位置付けられる作品であり、半端無いエンタメ性にハリウッドが注目するのもうなずける。
 小説の舞台は東北新幹線はやての車中で、ほぼ全ての事件がこの中でおこる。余談ながら東北新幹線と言えば今人気の「はやぶさ」となるところだが、この本が書かれた当時はまだ「はやぶさ」は走っていない。
 業者と呼ばれる殺しを生業とする人間達が一本の新幹線に乗り合わせる必然性が見えない中、次々と殺人事件がおこる。常軌を逸した登場人物が多い中には怜悧ながら冷酷で、その存在が際立つ少年も混じり、物語が進むにつれて謎めいていくストーリーに気持は高ぶる。
 ユーモラスな文体と奇想天外な展開は作者の独壇場と言え、血なまぐさいシーンを面白可笑しく描いて、笑いも誘うというテクニックは正にエンタメの極致である。あの小賢しいまでに大人を翻弄する少年の運命は大変きになるところだが、意外なエンディングと併せて本の中でご確認いただきたい。
 因みに映画では世界配給を考慮してか場面は東海道新幹線に変えられている。セット撮影なので日本でなくてもよさそうだが、時間の正確な日本の新幹線でないと物語が成立しないというエピソードがあったようだ。


100. 
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暁の宇品 陸軍船舶令官たちのヒロシマ

堀川恵子 著  
定価:2090円  単行本:394ページ 
出版社:講談社
 広島の宇品という土地をご存知だろうか。戦前陸軍船舶司令部が置かれ、陸軍の輸送拠点としてここから多くの兵隊や大量の軍需物資が戦地に運ばれていったことを。それだけに思いが強く残る地だが、今は施設の大方は解体され、その面影はほとんどないという。
 本書はこの宇品の陸軍船舶司令官として後に「船舶の神」と呼ばれた田尻昌次中将が書き残した自叙伝を基に司令部の実態をまとめたものである。「なぜ広島に原爆が投下されたのかという疑問から辿り着いたのが、旧陸軍の海上輸送を一手に担う重要拠点が正に宇品にあったからだ」とこの本を書いた動機を作者は語っている。
 文中でまず意外に思ったのは海上輸送は海軍の役割とされる世界の趨勢に反し、日本は陸軍が担ったことである。これには海軍が拒否した経緯があったようだ。更には日清・日露戦時にはまだ陸軍に自前の船はなく、民間のチャーター船に頼っていたという事実も驚きである。
 輸送基地の総責任を負ってきた田尻中将だが、実は終戦前に退官に追い込まれている。戦況悪化を苦慮して軍中枢部に対し、船腹量の確保を強く進言してきたことが仇となったと聞く。船舶輸送部の最大の貢献者を追放に至らしめる程旧陸軍の輸送、兵站への意識は低かったようだ。それは言い換えれば人命軽視の姿勢でもあったと言えよう。このことが多大な戦死者を出す原因の一つになったことは言うまでもない。
 最後に「この本で描いたことは全く同じ構図のまま現在に残っている」と作者が講演で語っている言葉を紹介しておきます。


99. 
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ロシアについて 北方の原形

司馬遼太郎 著  
定価:682円  文庫:259ページ 
出版社:文芸春秋社
 歴史小説を一新したといわれる司馬遼太郎のいわゆる「司馬史観」は歴史家の間では物議を醸したが「坂の上の雲」などの小説を通して日本人の歴史感に与えた影響は大きいと言われる。
 司馬遼太郎は小説にとどまらず、ノンフィクションを数多く書いている。その中で「ロシアについて」という正にタイムリータイトルに惹かれて読んでみた。日本とロシアの関係史が主テーマのエッセイで興味深かったのはシベリアの食料問題に起因した日本での接近はさることながら余り知らなかったロシアという国の成り立ちである。
 広大な領土を持つに至ったその背景が毛皮を求める為であったという単純な動機に驚く。ウラル山脈を越え果てしないシベリアを東進してオホーツク海に至る道は大砲や銃火器の普及なくしては不可能であった。その以前のロシアは遊牧民に蹂躙され、国としての体裁すら成し得なかった。やがて毛皮取引で力をつけたロシアは東進に伴いこの地域に点在するモンゴル系などの異民族を統治下に置くことになり、必然的にその政治体制は独裁的なものになっていった。またかなり早い時期から極東にも大砲を備えた要塞を構えていたことを筆者は防衛意識の高い国だとも指摘している。
 この現代に隣国ウクライナに戦争を仕掛けたロシアの思惑は判然としないが、ロシア的本質を語るこの本からそのあたりが垣間見えるような気がする。


98. 
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雍正帝 中国の独裁者

宮崎 市定 著  
定価:770円  新書:264ページ 
出版社:中央公論新社
 隋の時代から始まった官僚登用試験である科挙制度は人民のなかから公平に人物を採用する手段として画期的であった。その後の歴代王朝も同制度を踏襲し清末まで約1300年続いた。科挙官僚による文治主義の統治を実現した宋代にピークを迎えるが明代に入ると強力な権限をもつようになった科挙官僚が組織化して政治腐敗を引き起こすようになり、明が滅びる一因となるほどに問題化した。異民族統治故に清朝も国政を早期に固める必要性から科挙制度を導入せざるを得なかったが、政治的には悩ましいものであった。
 そのような時に登場したのが今回の主人公である清朝3代目皇帝の雍正帝である。清朝の歴史では在位期間の長さと領土拡大の功績から父の康煕帝(2代)、子の乾隆帝(4代)の評価が高いが二人の間に在位した雍正帝の存在は無視出来ないと本書では記す。
 46才の即位と遅咲きながら長い下積み経験から当初より内政改革が最優先課題だとし、治世を通じてこの問題に取り組むことになる。表からでは見えない政治腐敗をどのようにして暴いていったのか。皇帝の取った手法とは。平均睡眠時間が4時間程度と記録されているように命を縮める程に政治に没頭した皇帝の人となりとは。質素倹約だった生き方と併せ268年続いた清朝の礎を固めた皇帝であったことは間違いないようだ。

97.
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科挙 中国の試験地獄

宮崎 市定 著  
定価:748円  新書:219ページ 
出版社:中央公論新社
 中国の歴史の凄さを物語るものの1つに科挙制度がある。官吏登用制度としての科挙の始まりは6世紀の隋代に遡る。それから1400年異民族の王朝に変わりながらも、この間一度も途切れることなく最後の王朝となった清朝の末期まで続いてきたことに驚かされる。
 この科挙制度がどのようにして始まり、長年に渡って歴代王朝に受け継がれてきたのか。更には時代によって変遷する制度の中身やその最終形体となる清朝における制度のの実体等々を学術的にまとめた本書を紹介したい。科挙制度の名著と言われる本である。著者は東洋史研究の第一人者である宮崎市定。宮崎は余りにも過酷な科挙試験に合格し進士となることだけが人生の目的になってしまう現象に着目し、この状況が日本の大学受験にも表れていると指摘する。つまり大学で何を勉強したいか という目的意識が希薄だと問題提起しているのである。
 西洋ではゲルマン民族の大移動がようやく収束しかかる頃、日本においてはまだ古墳時代という時に人材を民間から登用するといったかくも先進的な制度を採用する中国に驚異を感じざるを得ない。今の中国にもその一端が窺えるように思えるのだが。


96.
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中国の歴史10 ラストエンペラーと近代中国

菊池 秀明 著  
定価:1485円  文庫本(講談社学術文庫):464ページ 
出版社:講談社
 7月1日中国共産党の結党100周年の祝賀式典が北京の天安門広場で開かれた
。国家主席である党総書記  習近平の演説は国民の生活を向上させる世界第二位の経済力を得た誇りを前面に出しながらも、米中対立下から外圧には絶対に屈しないという高圧的な表現で固められていた。流れて来た映像もどこかの国を彷彿させるような時代錯誤と言えなくないマスゲーム的な演出であった。そんな現代中国を産み出した中国共産党だが、その成因には日本が大きく関わっていることは忘れてはいけない歴史的事実である。いまだに抗日戦争をテーマとしたドラマが人気の国なのである。
 本書は清朝末期に洪秀金が指導した政治運動とも言える太平天国の乱(1850年)から日本の無条件降伏(1945年)までのおよそ100年の中国大陸の歴史を綴ったものである。この間に日本が中国に対して取ってきた行動がいかに侵略的で理不尽なものであったのかを再認識するには好適な本である。

95.
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高瀬庄左衛門御留意書

砂原 浩太朗 著  
定価:1870円  単行本:338ページ
出版社:講談社
 江戸時代の或る小藩が舞台。群方をつとめる一人の軽輩の武士にまつわる物語である
。早くに妻を亡くし跡取りの息子をも事故で失うという失意の境遇にありながらも孤高に生きる主人公。自分の身に降り掛かる不測の事態に際しても毅然として立ち向かう姿勢は変わらぬ自然の移ろいの如く、頼もしい。
 それにしても、この作家の表現力や描写が印象的でこの本を特異なものとしている。場面々々がまるで映画のカットを見ているよう感覚を受けるのは描写力の確かさにある。とりわけクライマックスとも言える「罪と罠」の章での評定所の場面は圧巻である。裁く者、裁かれる者同士の心理的葛藤の描写には息を呑む。
 時代小説を読むと古き良きという言葉がよぎる。消え行く古き日本風景への郷愁がそんな思いをおこさせるのだろう。本書はその思いを増幅させてくれる。


94.
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ザリガニの鳴くところ

ディーリア・オーエンズ 著 / 友廣 純 訳 
定価:2090円  単行本(ソフトカバー):512ページ
出版社:早川書房
 貧困と父親の暴力で一家離散し、一人取り残された一少女の生涯を描いた作品である。これに時を異にしておこったプロローグでの殺人事件が少女と関わりがあることを匂わせる構成で作品全体をミステリアスなものにしている。
 第二次大戦が終わって間もない頃のアメリカ南東部大西洋岸に拡がる湿地帯が物語の舞台。住むには適さない土地に集まるのが生活に追われた人達や犯罪者だ。少女の家庭もホワイトラッシュ(貧乏白人)と蔑視される貧困層であった。父親の失踪で一人となった少女に社会の助けを借りる智恵もなく、世間との接触を極力避ける生き方しか選択する術はなかった。そこから「湿地の少女」と呼ばれることになる少女がやがて自然学者として社会的な評価を得る大人の女性として成長していく過程が本作品のバッグボーンである。
 湿地特有の植生や生き物達の生態が季節の移ろいと共に豊かに描写sれ、その表現力が作品の格調に高めている。作者自身が野生動物学者であることが頷けるところだ。
 最後に明かされる事件の真相に驚かされる。ミステリー作品の真骨頂といった結末である。「ザリガニの鳴くところ」という題名が意味深である。



93.
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スマホ脳

アンデシュ・ハンセン 著 、久山 葉子 訳 
定価:1078円  新書:256ページ
出版社:新潮社
 PCを使い始めてから漢字が書けなくなることが多くなった。車のナビが出始めると方向感覚が鈍くなったと感じる
。携帯電話の登場では頭の中から電話番号が消えた。スマホとなると自分の中の何を失ったのだろうか。
 文明の利器はそはそれで有難いものでるが、反面人間の動物的な能力を犠牲とする代替物とも思えてしまう。スマホは手軽さと利便性が突出しているだけに人間社会に与えている影響は計り知れないものがあると思っている。
 いまやスマホは子供まで持つ時代であり、日常生活に欠くことが出来ないものとなっている。そんなスマホ社会の中で浮き上がってきているスマホ依存の問題を提起したのが本書の「スマホ脳」である。「スティーブ・ジョブズは子供にスマホを与えなかった」というキャッチフレーズは衝撃的で、スマホの持つ問題点の深刻さを匂わせている。
 依存症と言えばゲーマーと思うが、大手IT企業のターゲットは一般のスマホ利用者である。今多くの人がその術中にはまり、スマホの特異性故に結果として思考能力や記憶力の減退という脅威を招いていると言う。「バカになっていく子供たち」という中身もショッキングであり、一読すると野放途なスマホの利用は避けなければならないと思って来る。
 シャーロック・ホームズ、エルキュール・ポアロ、明智小五郎といった名探偵達は鋭い人間観察眼で数々の難事件を解決してきた。現代の人達は興味の対象がスマホ画面だけで、リアルな人間の方には向いていない。これでは今後新たな名探偵の登場は望むべくもない。


92.
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蔦重の教え

車 浮代 著 
定価:781円  文庫本:376ページ
出版社:双葉社
 中年サラリーマンがひょんなことから江戸時代にタイムスリップする。行き着いた先は廓で有名な吉原のお歯黒ドブの中。溺れ死ぬ寸前
を助けられ、、目が覚めたところが妓楼の一室。意識は中年のままだが肉体は青年に変身するという妙にワクワクする筋立てで始まる「蔦重の教え」。
 蔦重とは浮世絵の版元耕書堂の主人 蔦屋重三郎のこと。主人公はこの蔦重に助けられたことで稀有な体験を積むことになる。奇想天外な面白さの中にも蔦屋重三郎や喜多川歌麿といった歴史上の人物を主人公と絡めることで、史料的な色合いが見えて来る。浮世絵の制作現場の記述などもリアル。これに伝法口調で語る蔦重の処世術が大きな要素となって物語に重みを加えている。主人公が仕組んだエピソードが最後に大きな感動を呼ぶ。
 人生訓が心の中に残る読後感がいい。


91.
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古事記及び日本書紀の研究(完全版)

津田 左右吉 著 
定価:1540円  単行本(ソフトカバー):349ページ
出版社:毎日ワンズ
 最近タイで王室批判による不敬罪で65才の女性が禁錮43年の判決を受けたというニュースが流れた。日本での不敬罪は1880年(明治13年)の旧刑法の公付時に明文化されたが1947年(昭和22年)の改正で条文から削除され事実上消滅している。
戦前においては天皇制に基づく国家体制下から言論統制の手段としての不敬罪は広く適用されていた。特に昭和に入ってからの同罪での起訴件数が突出しており、その背景には天皇を神格化する軍部の台頭があった。有名なものとしては憲法学者 美濃部達吉らが主張した天皇機関説に関わる事件がある。明治憲法の解釈として天皇主権説などに対立する学説で、軍事主義が強まる社会情勢の中、不敬として見なされたのである。
今回ご紹介する本は著者である歴史学者 津田左右吉の不敬罪起訴に伴い、同氏の他の著書と共に発禁処分(1940年、昭和15年)を受けたものである。神武天皇以前の神代史を研究の対象に近代実証主義に基づいた研究が皇国史観を否定するものとして問題視された。戦後はこのいわゆる津田史観が見直されて日本史学界の主流となったように、その研究成果は高く評価されている
。「古事記」「日本書紀」好きの人なら読む価値は大きいと思う。
いずれにせよ、どんな時代でも学問の自由への侵害はあってはなるまい。



90.
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身分帳

佐々木 隆三 著 
定価:924円  文庫:464ページ
出版社:小学館
 ルイ・アームストロングの名曲「what a Wonderful World」
(この素晴らしき世界)を連想させるような「すばらしき世界」のタイトルに惹かれて久々に映画館に足を運んだ。テーマは不遇な生い立ちから社会に馴染めず長い獄中生活を強いられた男の社会復帰にまつわる人情劇である。テーマ自体の重さと主役の役所広司の好演もあって印象に残る作品であった。
 実はこの主人公には実在のモデルがいて、映画そのものはこの人物の稀有な生涯に焦点をあてた佐々木隆三の小説「身分帳」を原案としたものである。
 身分帳とは受刑者の個人記録で原則部外秘の書類である。出入所を繰り返し、所内での態度が決して良好ではなかったようだ。この総てを本人の几帳面な性格から自ら書き写し、手許に残していたようで、これが小説のベースとなった。文中この記録が要所々々フラッシュバックされており、その生々しさが痛ましい。
 主眼は本人の社会復帰にあるのだが、支援者に支えられながらも悲しいまでに不器用な生き方しか出来ない生き様に、その問題となるところは本人自身にあるのか、或いは社会にあるのか身につまされる思いがする。必ずしも映画のタイトル通りにはならない社会の残酷さが見え隠れする。



89. 
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教えてコバチュウ先生!
琳派 超入門

小林 忠 著 
定価:1760円  単行本:111ページ
出版社:小学館
 琳派は日本人の美意識に大きな影響を与えているものである。戦後に琳派という名称に統一され系譜付けされた斬新な美術様式は桃山時代後期(1600年前後)俵屋宗達、本阿弥光悦という二人の天才アーティストの登場から始まった。この二人が創出した意匠、デザイン性やたらし込みなどの独得な技法はその後 江戸時代の酒井抱一や鈴木基一と、おおよそ100年毎に輩出したビッグアーティスト達によって受け継がれてきた。
 400年余りに及ぶ琳派の流れを日本美術史学者の小林忠氏が分かり易くまとめたものが今回ご紹介する本である。専門家なりの作品にまつわるエピソードや光琳の新発見作品の掲載も魅力だ。京都の町衆といういわゆる市民階級から美術の新様式が早い時代に生み出されたという事実は世界に誇れるものだと小林氏は熱く語る。
 それでは気になる明治以降の琳派はどうなっているのか。本書では明治、大正、昭和に活躍した神坂雪佳(かみさか せっか)に焦点をあてている。輸出向けの工芸品デザイナーとしての実績から海外での知名度が高い画家である。雪佳の木版画集「百代草(ももよぐさ)」(近代図案コレクションとして安価な出版本がある)を見ると確かに琳派の心髄が脈打っている感がある。抱一から概ね100年後の人物である。
 コロナ禍で気が滅入る昨今、このような本で日本人のアイデンティティを再確認してみるのも如何でしょうか。



88.
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人新世の「資本論」

斉藤 幸平 著 
定価:1122円  新書:384ページ
出版社:集英社
 題名にある人新世(じんしんせい、ひとしんせい)とは人類が地球上の
地質や生態系に重大な影響を与える発端を起点として提案された地質学上の用語とされる。
 Fragile Planet(もろい惑星)と言われる地球は繊細である。人間の影響による急速な温暖化は地球上にとっては大きな負担となる。結果として地球自体の変容により、人類は生存の危機に脅かされる。
 本書は気候変動を始めとした環境問題や貧困・人権といった現代社会が抱える社会問題も含め、その原因とするところは資本主義の欠損にると警鐘し、その打開策を新理論に基づいて提唱しているものである。理論の根拠となるものが「資本論」を書いた経済学者マルクスが晩年に辿り着いたとされる脱成長コミュニズムという考えで、これを更に深化させたものである。具体的な内容については本書を読んでいただけたらと思う。1%の富裕層が99%の大衆を牛耳っているという現実を皆はどう思っているのか。
 文中では利益至上主義の企業のエゴを強く批判している。そう言えば最近巨大IT企業である米グーグル社に勤務するソフトウェアの技術者らが労働組合を結成したという新聞記事を見た。労組などと無縁と言われていたIT企業の中心的な会社の中である。結成のスローガンは「私たちは利益の最大化よりも、社会の幸せや環境を優先しなければならない」というもの。正に本書の主旨に合致した話である。



87.  
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大和古寺風物詩

亀井 勝一郎 著 
定価:539円  文庫本:240ページ
出版社:新潮社
 新型コロナの感染拡大が抑えられない現状ではGO TO トラブルに聞こえなくもない
。ましてや高齢者や基礎疾患のある人のGO TO利用自粛などが発せられるとなると枠外の人達もその利用にはためらいが伴う。このように外出もままならず、フラストレーションが溜まる日々がここしばらく続きそうである。
 そんな訳で某雑誌で紹介していた亀井勝一郎の「大和古寺風物詩」を旅気分にさせてくれる今時のストレス解消本としてお薦めすることとした。同本は以前このコーナーで取りあげた和辻哲郎の「古寺巡礼」と共に、戦中に書かれた旅本の名著として知られているものである。
 和辻は仏像を美術という観点から古都奈良の紀行文を書いたが、亀井はあくまでも仏像は信仰の対象であるものだとし、両者の違いは明白である。特に亀井は戦後観光地化した古都の変容には批判的であった。
 日本書紀、続紀を熟読し、伽藍や仏像が造られた時代背景に想いを馳せながらの精神性の富んだ仏像観賞論には目を覚まされる。正に仏像を嘗めるがごとくの繊細な描写が際立っているので入江泰吉や土門拳あたりの有名写真の仏像写真集などを手許に置きながら(図書館から借りる)本書を読んでいただければ、その語られていること、大いに実感されるものと思う。これこそ紙上での旅と言えよう。


86.  
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風よあらしよ

村上 由佳 著 
定価:2200円  単行本:656ページ
出版社:集英社
 アナーキスト(無政府主義者)という言葉をアメリカのトランプ大統領の口から発せられたのは驚きであった。ニューヨーク州など連邦政府と政治的に反りが合わない州に対し、暴力と破壊が多発しているとしてアナーキストの州と決め付けた発言らしい。
 アナーキストと言えば日本では大正時代の大杉事件として有名な大杉栄があげられる。本書はこの大杉栄と出会ったことで数奇な運命を辿ることになる伊藤野枝という稀代の女性の生涯を綴ったものである。
 伊藤野枝は九州福岡の寒村に生まれ、家は没落して貧しく、明治末という時代背景からして郷里で一生を終えるのは当然という境遇であった。しかしながら男まさりの持前の向上心から、やがて東京の女学校への進学を決めるなど自らの力で人生を打開していくことになる。
 上京後は平塚らいてう創刊の雑誌「青鞜」への参加や日本初の女性主義者団体赤瀾会結成に加わるなど女性解放運動家としての名を高めていく。こういった中で主義者である大杉栄と出合うことになる。自由恋愛を標榜する大杉栄との暮らしを求めた性の解放とも言える行動は世間の強い非難を浴びるも、女性が自由意志を持ちにくい時代にあっては、本人からすれば本望であったと言えよう。結果として若くして命を断たれることになるが、奔放に生きた伊藤野枝の人生は有意義なものであったのではないかと推察する。
 大杉事件とは関東大震災直後の戒厳令下  大杉栄、伊藤野枝及び大杉の生男の三人が、憲兵大尉 甘粕正彦らにより検束され、殺害された事件である。軍と警察の共同謀議があったとされるその疑惑はノンフィクション「甘粕正彦乱心の嚝野」(佐野眞一著)に詳しい。


85.
アルルカンと道化師_
 
半沢直樹 アルルカンと道化師

池井戸 潤 著 
定価:1760円  単行本(ソフトカバー):354ページ
出版社:講談社
 TBSのテレビドラマ「半沢直樹」は今回も社会現象と言える程話題となった。前回同様の痛快なストーリー展開に加えて、歌舞伎俳優等の誇張された演技や科白(せりふ)回しが面白さを高めていた。
 このテレビドラマの原作にあたる本書では漱石の坊ちゃんを彷彿とっせるような人物描写が登場人物達の人間関係に深みを持たせて、ドラマとは違った味わいがある。
 小説半沢シリーズとしては第1作目「オレたち花のバブル入行組」、第2作目「オレたち花のバブル組」、第3作目「ロスジェネの逆襲」、第4作目「銀翼のイカロス」に続いて本作は5作目になる。連続性を持ったこれまでの流れからすれば本作は後日譚となるところだが、物語の舞台は東京中央銀行大阪西支店、半沢は同店の融資課長として支店長浅野匡と対峙する構図でシリーズ第1作目と同じ設定である。
 つまり原点に戻した形で、このあたりを作者は第3作 第4作で大物政治家や銀行本体の問題などテーマが大きくなり過ぎた為だと説明している。結果として倍返しの度合いは薄まるが今回描いた一枚のリトグラフの謎を絡めたミステリアスな展開が魅力となっている。 
 それにしても池井戸作品はどれもなんでこんなに面白いのだろう。


84.
復活の日
 
復活の日

小松 左京 著 
定価:628円  文庫:464ページ
出版社:角川文庫
 パンデミックの脅威をテーマとした小説は少なくないが、半世紀以上前に書かれた小松左京の「復活の日」は人類への警鐘に主題を置いている。著者自身もあとがきで「核ミサイルの時代になって、惑星的な危機が現実の問題になった時、われわれはもう一度世界と人間とその歴史に関する一切の問題を地球という一惑星の規模で考えなおす必要にせまっていると思う」と述べている。
 この小説が発表されたのは1964年の東京オリンピックが開催された年である。日本は戦後復興の総決算としてのオリンピック景気に沸いていた。一方僅かその2年後にはソ連のキューバへの核ミサイル搬入をめぐっての米ソ対立から、核戦争が現実味を増した「キューバ危機」がおこっている。先の大戦がようやく終結したものの、米ソの覇権争いという新たな火種が生じ、世界は冷戦下での核兵器開発競争という未曽有の危機に直面する時代に入っていた。戦争体験のある筆者としてはこんな憂慮する事態を看過出来なかったのであろう。
 著者の心境を吐露するがごとく、ストーリーはダンテの「新曲」か、はたまた「ノアの方舟」かを連想させるように、壮絶である。未知のウィルスが猖獗を極め、人類が滅び行く光景には背筋が寒くなる。唯一の光明はタイトルそのものの復活の日である。これを成し得るのは生き残った人達すべての国や人種を越えた人間愛のみである。
 実社会の我々はどうであろうか。自国第一主義の考えが強まるなか新型コロナウィルスというパンデミックがおきた。世界を席巻するコロナ禍だが、国際協調はままならない。この本を読んでいると現代社会の危うさが見えてくる。




83.
生きている兵隊
 
生きている兵隊

石川 達三 著 
定価:628円  文庫:214ページ
出版社:中央公論新社
 久しぶりに戦争映画を見た。昭和17年北太平洋のミッドウェー諸島海域での日米による海洋大戦をテーマとした米映画「ミッドウェイ」である。ご存知のように、この戦いで日本は主力空母4隻を失うなど大敗を喫し、戦局は一気に悪化を辿ることになる。映画ではCG効果でリアリティーが高まっている分、臨場感に高揚するが、戦艦が被弾する中、必死に応戦する戦闘員の鮮明な姿にむしろ悲哀を覚え、戦争の残虐さに胸を痛めた。
 本書は太平洋戦争への拡大に繋がる日中戦争のハイライトとも言える南京攻略(昭和12年)が描かれている作品である。南京攻略にまつわる日本軍の暴行、略奪 更には一般市民を巻き込んだ虐殺事件は戦後の東京裁判などで明らかになったものである。
出版社の特派員として南京陥落後しばらくたってから現地入りした著者は直接蛮行を目にしていない。しかしながら放火犯として取り抑えた地元民をあまりに無造作に斬首してしまう場面を冒頭に据えているところからすると、著者自身は取材中において現場での血なまぐささを強く感じ取っていたのかもしれない。フィクションであると前置きしているものの、戦場という非日常的な環境下で徐々に人間性を失っていく将兵達の姿には心胆を寒からしめるものがある。
 帰国後ほどなくして雑誌に発表されたが検閲により多くの部分伏せ字での出版を強いられたようだ。(本書ではこの箇所をけい線で明示している)
 芥川賞作家で、社会派小説の第一人者もあった著者の戦時中の問題作をあらためて読んでみる意義はあると思う。


82.
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老人と海

アーネスト・ヘミングウェイ 著/高見 浩 訳 
定価:539円  文庫:139ページ
出版社:新潮社
 あまりにも有名なヘミングウェイの「老人と海」を読んでみた。きっかけはこの本の翻訳者が50年ぶりに新訳本を出したことにある。ヘミングウェイがこの小説を書き、出版したのが1952年で既に70年近くを経ている。当然ながらヘミングウェイが当たり前に書いた語句やフレーズに、今の読者には判らないところが少なくない。ことに文中で少なからず繰り広げられる老人と少年との野球談議は面白いのだが、何分にもジョー・ディマジオが活躍した時代である。このあたりを配慮して本書では末尾に解説ノートを添付している。個人的にはこの解説部分をとても気に入っている。
 ストーリーはスペンサー・トレイシーの主演で映画化(1958年)されたこともあって良く知られているところである。映画自体もヘミングウェイ自身が関与したことから、原作に忠実な出来で素晴らしい作品である。いずれにしろ、老人とカジキマグロとの心理戦とも言える。闘いには戦慄を覚えるほどであり、更には獲物を狙うサメの執拗な襲撃といった驚愕するような展開は原作でジックリ味わいたい。不運な結末だが、達観とも受取れる老人の生き様から読後感は爽やかである。
 ヘミングウェイにノーベル文学賞(1954年)とピューリッツアー賞をもたらした作品である。新訳本が出たのを機に、是非ご再読を。高齢者の方に活力を与えること間違いなしである。


81.
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白村江

荒山 徹 著 
定価:1034円  文庫:528ページ
出版社:PHP研究所
 今から1500年以上もの昔、朝鮮半島は高句麗、新羅(しんら)、百済(ひゃくさい)の三国が鼎立し、覇権に鎬を削っていた。この頃の日本は飛鳥の時代、律令国家の形成期で、まだ倭国と呼ばれていた。
 本書タイトルになる「白村江」は歴史的に有名な白村江(はくそんこう又はくすきのえ)の戦いを指す。日本、百済遺民の連合軍が、唐・新羅連合軍に大敗を喫した戦いである。日本と連合組んだのが百済遺民とあるのは、そのころ3年前に唐・新羅連合軍に百済が滅ぼされていた為である。つまり百済の復興を賭けた戦いで日本が支援した形である。
 この百済復興に持ちあげられたのが、当時日本の朝廷に滞在していた百済王子扶余の豊璋で、政争に敗れ、幼少期に流刑となっていた身を日本の宰相一族である曽我入鹿に助けられることこから物語ははじまる。豊璋は庇護者であった入鹿の亡きあと、不遇を強いられるも実権を握っていた葛城皇子(中大兄皇子、後の天智天皇)の政略から百済復興に担ぎだされ、百済旧領に戻って百済王を名乗ることになる。最後は復興戦である白村江の戦で生涯を閉じる。
 日本はこの戦いの大敗を機に半島からは手を引き、内部強化に努めて国家としての礎を固めて行くことになる。
 半島では新羅が7世紀頃に半島をほぼ統一し、その後の高麗、朝鮮に続く半島国家の祖形となった。
 歴史小説は面白い。


80.
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日本の古典を英語で読む

ピーター・J・マクミラン 著 
定価:946円  新書:212ページ
出版社:祥伝社
 朝日新聞に連載(隔週水曜日)中の「星の林にピーター・マクミランの詩歌翻遊(ほんゆう)」と題するコラムを毎回楽しみにしている。コラム寄稿者のピーター・マクミラン氏は日本古典文学の翻訳家である。したがってその内容は和歌をはじめとした日本古典の詩歌を英訳で紹介するものである。
 枕詞、掛言葉といった修辞や語法が多彩な和歌を本来の歌意を損なうことなく、英語化する作業の難しさが文中から伝わってくる。
その難しさ故、翻訳の面白さだけでなく、和歌自体の奥深さを際立たせる効果を生んでいる。
 作者や出典などの説明を絡めたマクラミン氏の日本古典文学への造詣の深さにはいつも感心させられる。そして何よりも氏自身が日本古典をことなく愛していることが文面の端々に窺われるところが実に好ましい。
 今回ご紹介する本は、マクラミン氏の最新版である。
「日本の古典を英語で読む」のタイトル通り、基本的には新聞掲載と同じタイトルのものである。原文と翻訳を同時に味わい楽しめる本書にて
日本文学、更には日本文学さらには日本文化の素晴らしさをあらためて実感していただけたたらと思う。


79.
ロウソクの科学が
 
ロウソクの科学が教えてくれること

尾嶋 好美  編訳、白川 英樹 監修 
定価:1100円  サイエンス・アイ新書:192ページ
出版社:SBクリエイティブ
 池上彰氏が某誌で紹介していたファラデーの「ロウソクの科学」(原題は、History of a Candle) を読んでみた。厳密に言うと原書(邦訳) ではなく、編訳版の方である。ほぼ文章だけの原書は読むのが難しいということで、池上氏が薦めた本である。もともとはファラデーが一般の人に科学に興味を持ってもらいたいと開いてきた科学実験の講座を文書化したものである。その点から見れば本書のようにカラー写真を豊富に掲載してのビジュアル化は本来の趣旨に沿ったものと言えよう。
 一本のロウソクの炎にこんなにも科学が凝縮しているなんて素直に驚いた。空気中の酸素を取り込んで炭素を燃やし、炭酸ガス(二酸化炭素)を発生するメカニズムは人間も一本のロウソクと同じだという説明も然りである。
 地球温暖化の主たる原因となる二酸化炭素の増加に放牧されている牛のゲップも一因すると聞いたことがある。さすれば地球上に70憶を優に超える人間の吐く息はどうなのだろうか。
 人それぞれが一本の大きなロウソクだとすれば、二酸化炭素の増加を抑えるには光合成を行う植物の力を借りるしかない。つまり共存しなければ生物は存続し得ないのである。今世界はコロナ禍で震撼している。
気候変動まで引き起こしている過度な地球(乱)開発が所産だと言われている。地球の行末はいったいどうなるのであろうか。
一冊の科学の本から、こんな思いが生じた。


78.                        
日本美術の底力
 
日本美術の底力

山下 裕二  著 
定価:1320円  単行本:217ページ
出版社:NHK出版新書
 以前ご紹介した「奇想の系譜」は又兵衛、山雪、若冲、蘆雪、国芳など埋もれていた画家達を見出した本として評価が高い。この本の著者である辻惟雄氏を恩師とする美術史家の山下祐二氏が書いたのが今回の「日本美術の底力」である。奇想の系譜に登場した画家達が日本美術史の中で、どのように位置付けられるかを学術的にまとめたもので、続編的な要素を持つ。
 日本美術史には静的な弥生系と動的な縄文系の二つの大きな流れがあると分析している。前者は平安時代の絵巻、室町時代の水墨画、江戸時代の琳派等々日本文化の琳派等々、日本文化の根幹をなすとされるアカデミックな作品軍を指す。一方後者の縄文系はエネルギッシュでダイナミズムな火焔型土器に代表される縄文式土器に根源があるとし、奇想の系譜の画家達をこのジャンルにいれている。縄文式の造形の流れは現代作家の岡本太郎に繋がるとする指摘は面白い。
 更には明治以降の同系の作家達の紹介は新鮮であった。
 学校教育の影響もあるが、日本美術を端正優美なものとして捉えていた日本人の認識を変える本と言えるかもしれない。


77.                      
不屈
 
不屈

山岳小説傑作  選 、北上次郎  選 
定価:1210円  文庫:496ページ
出版社:山と渓谷社
 富士山や南アルプスでは今夏の山小屋のオープンをすべて中止している。おそらく全国の山でも同様の措置をとっているであろう。夏山の小屋の過密渡は尋常ではない。新型コロナの脅威を考えれば仮にオープンしたとしても敬遠したくなるところである。
  山の人気雑誌「山と渓谷」ではSTAYHOME、FEEL THE MAUNTAINをスローガンに自宅で山を楽しめるような様々な企画をオンラインで提供し、自粛を呼び掛けている。
 という訳で今回は山に登った気分を味わってもらいたいという意味で、最近出版された山岳小説傑作選を紹介したいと思う。タイトルは「不屈」、文学評論家の第一人者として名高い北上次郎氏の選によるものである。収録作品は、山岳小説王道を行く傑作と言われる井上靖の「氷壁」(抄=小説の核心部である墜落シーンを抜粋)を始めとして7作品を掲載。新田次郎、真保裕一、夢枕獏 等々各作家の個性が光り、様々な山行に同行しているような高揚感が楽しい。
 外出自粛がまだ当分続きそうな時だけに、このような本にてストレス解消に努めたいと思っている。

76.
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ペスト

カミュ 著 、宮崎 嶺雄 訳 
定価:825円  ペーパーバッグ:476ページ
出版社:新潮社
 新型コロナウィルスの脅威が世界を震撼させている。日毎に塗り替えられていく感染者、死亡者の数字を見るにつけ、気持ちは暗くなるばかりである。人類は感染症との闘いの歴史であると聞いているが、未曽有の勢いで感染拡大が続くパンデミックが今身の回りにおこっている現実には身が縮む思いである。外出自粛要請の強まりでストレスもたまるが、人同士の接触が危険だとなるとヤムを得まい。ウィルスはヒトからヒトに乗り移らなければ生きて行けないということを信じながら。
 こんな世相を反映してか、カミュの小説「ペスト」が売れている。
カフカの「変身」(或る朝目覚めたら、突然自分自身が巨大な虫に変身していた…)とともに、代表的な不条理文学として知られている作品である。第二次世界大戦中に執筆、戦後出版されて世界的なベストセラーとなったもので、ナチによる陥落をペストのパンデミックとして比喩的に表現したものと言われる。
 到死性の高い病疫のペストの蔓延による都市封鎖(1種の隔離政策)で行き場を失った人々。絶望的ともいえる不条理、不確実な状況の中での人間の思考と行動。その内容は、パンデミック禍で平常を失いつつある現在の我々に符合するところ大である。登場人物に敵性を持った人がいないことや、事態が深刻さを増すにつれ、主人公の医師リウーを中心に共感や連帯が生まれ始めることで安心感を覚え、作品のテーマ上避けられない残酷な描写を相殺している。タイミングとしては今読むべき本と言えよう。この他為政者の奢りをパンデミックに絡めたポオの「赤死病のか仮面」も短編小説ながらシニカルな味が面白いので、同時に読んでいただけたらと思う。        

75.
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墨龍賦

葉室 麟 著  
定価:858円  文庫:284ページ
出版社:PHP研究所
 主人公を変えて歴史を眺めると、また違った歴史が見えて来るようで面白い。そんな点で今年のNHK大河ドラマは歴史上では敗者となる明智光秀をフォーカスしているところが興味深い。
 本書は狩野永徳や長谷川等伯と並び称される桃山画壇の巨匠である海北友松(かいぼう ゆうしょう)の人生から戦国時代の歴史を描いたものである。
 近江浅井家の家臣の家に生まれた友松は若い時、東福寺の僧として過ごす。主君や兄たちが信長に滅ぼされるに及び、還俗して可能派の門をたたき、画の道に進む。この友松が光秀の謀反を引き起こす動機に一役買っているところに因縁の妙を感じる。
 光秀及び重臣であった斉藤利三(としみつ)は変後捕らえられ、本能寺の粟田口で処刑(磔)されるが、利三の遺骸を刑場から奪い取り、真如寺に葬ったのは友松と言われており、二人は友人関係にあった。この利三の娘が徳川三代将軍家光の乳母として権勢をふるった春日局である。
 今に遺る建仁寺の大方丈障壁画「雲龍図尾襖」は友松の代表作の1つである。狩野派から独立して以降の晩年期の作品が多く残る友松だが狩野派とは異なる独自の作風で評価が高い。
 歴史、時代小説で定評がある葉室麟の作品を大河ドラマと併せてご堪能いただけたらと思う。

74.
空白の日本史
 
空白の日本史

本郷 和人 著  
定価:968円  新書:275ページ
出版社:扶桑社
 「空白の日本史」というタイトルにあるように歴史には空白の部分が多いと指摘する。歴史を裏付けるものとして記録に残る文献史料は欠かせない。実は歴史に関する文献史料の豊富さは日本は世界でも突出しているとのこと。それでも文字のない時代や文字がまだ一部の特権階級のものであった時代では史料自体が極端に少なくなる。更には文字が一般化した時代でも、時代背景や為政者の思惑によって史実が曲げられていることが少なくない。
 と言った要因などから歴史の全体を通観する通史の構築が難しいとのことだそうだ。この歴史の空白部分をどう埋めていくのかを、日本中世史を専門とする歴史学者で、テレビなどでもお馴染みの本郷先生が熱く語っている。
 即位に伴う伊勢神宮への天皇の参拝は明治以前千年はなかったという驚きの空白を始めとして、数々の歴史ミステリーとも言える内容が満載である。歴史の見直しを本書で味わってみて下さい。


73.
珈琲店タレーラン6
 
珈琲店タレーランの事件簿6
コーヒーカップいっぱいの愛

岡崎 琢磨 著  
定価:726円  文庫本:303ページ
出版社:宝島社
 シリーズ6作目、3年振りの新作である。京都市内の一角にある純喫茶「タレーラン」に持ち込まれる日常の謎を解き明かしていく推理小説をシリーズ化したもの。タレーランの女性バリスタ切間美里(きりま みさと)とコーヒーを愛する青年で常連客の青野大和(通称アオヤマ)との2人の微妙な関係を横軸にミステリーが展開していく。ちなみにタレーランとは作品の中でも説明があるように「良いコーヒーとは、悪魔のように黒く、地獄のように熱く、天使のように純粋でそして恋のように甘い」というコーヒーに関する名言を残したフランスの大政治家の名に因んだものである。
 今作品では主人公美里の大叔父で喫茶店のオーナーでもある藻川又次の病気入院を契機として、又次の故妻で店の創業者になる千恵の隠れたラブロマンスとタレーラン開業の動機が明らかにされる。作中天竜浜名湖鉄道(通称 天浜線)が何回か登場するシーンがあり、身近さも感じられる。
 いつもながら上質なコーヒーがただようライトなストーリー展開が心地良い。当然ながら熱いコーヒーを啜りながらの読書となる。

72.                            
李朝滅亡
 
李朝滅亡

片野 次郎 著  
定価:3850円  文庫本:538ページ
出版社:新潮文庫
 本書を読むと今拗れている日韓関係を修復するのは容易でないと感じる。明治期以降日本が朝鮮半島で行ってきた残虐とも受け取れる行為が語られている。
 著者自身は歴史ノンフィクション・ノベルと述べているように、フィクションとしての肉付けはあるにしても、登場人物はすべて実在の人物であり、その骨子は史実に近いと言えるものである。それを踏まえて考えると、ここで書かれている出来事に対していかに無知であったことが実感させられる。日本の理不尽な行為の反動として半島の人々の日本に対する憎悪が膨らむのは至極当然のことである。この憎悪が戦後70年以上経ても続いていることにやはり留意すべきだろう。
 韓国では戦後教育で史実を歪曲してまで嫌日を煽ってきた。一方日本においては歴史の暗部を語ることがタブー視される社会風潮があり、史実を知る機会が失われてきた。このように両国間の国民意識に大きな相違があることが関係修復を難しくしている。だとすると我々日本人は関係悪化の根源となっている歴史事実を直視し、その上で相手を理解していくことが大事となる。本書で強く感じたことは「韓国併合」という日本の暴挙から受けた半島の人達の痛みがいかばかりであったかということである。
 なお韓国で世論に叩かれながらもベストセラーとなっている「反日種族主義」(李栄薫編者)の日本語版が最近日本で刊行されている。併せて読めば日本の功罪が理解出来るように思う。

71.
ウィルスは悪者か

 
ウィルスは悪者か
お侍先生のウィルス学講義

高田 礼文 著  
定価:2035円  単行本:360ページ
出版社:亜紀書房
 昨年から周辺県で拡がっている豚コレラが静岡県内で初確認されたというニュースが最近流れた。藤枝市で見つかった野生のイノシシ1頭の死骸からウィルスが検出された。人には感染しないが、家畜には甚大な被害を及ぼすものだけに、拡大が食い止められていない現状に不安が募る。
 一方人に直接影響するウィルスとして身近なものに冬期流行する季節性インフルエンザがある。罹患率が高く、重篤化する傾向があるため予防対策としてのワクチン接種が当り前の時代となっている。
歴史的には20世紀初頭のスペイン風邪、同世紀末の高病原性鳥インフルエンザ、21世紀に入ってSARSなどパンデミックの様相を呈したウィルスの猛威があり、人類はウィルスとの闘いの連続である。
 本書は人類を悩まし続けるウィルスの研究者の奮闘記である。世界を震撼させたエボラ出血熱の宿主を探し求めるアフリカでの活動や高病原性鳥インフルエンザの香港での調査など正に身を挺したものであり、研究者の努力には頭が下がる思いである。タンパク質の殻とその内部に入っている核酸からなる感染性の構造体であるウィルスがその生存の為に人や動物の細胞に取り付くメカニズムが実に面白い。
 かなり専門的な用語が並ぶ本書だが、読み終えるとウィルスに精通した気持ちになる。更にはウィルスに親しみさえ覚えてくるのは何故か。研究者の熱い思いが伝わって来る故なのである。

70.
アフリカゾウの密漁
 

アフリカゾウの「密漁組織」を追って

三浦 英之 著  
定価:1728円  単行本:188ページ
出版社:小学館
 陸上動物最大の牙が地球上からいなくなるなんて想像だにしたくないところである。ところがそれが現実味をおびてくるから恐ろしい。しかもその原因の一端に日本人が関わっているとなると尚更である。
 本書は日本の新聞社のアフリカ特派員が3年の赴任期間において象牙密漁の実体を取材したドキュメンタリーである。そこには中国の国家ぐるみの関与や汚職にまみれたアフリカの国々の現実など驚きの姿がある。世界は既に国際取引を事実上禁じているが、日本のようにいまだに国内市場を合法化している国などがある限り、密漁はなくならないとの主張が全編を貫く。
 キタシロサイの最後のオスが死んだことが昨年報じられた。事実上の種の継続である。これは中国の漢方薬などの行き過ぎたサイの角の需要が乱獲を招いた結果である。現在絶滅が危惧されている種は数千にもおよび、生物が絶滅するペースは恐竜時代を上回っているとも聞かれる。種の絶滅はやがては人間の生存をも脅かすことになるという説がある。地球温暖化の問題もしかりで、現実から目を逸らしてはいけないということであろう。                         


69.
空海の生涯
 
眠れないほど面白い空海の生涯

由良 弥生 著  
定価:1058円  王様文庫本:462ページ
出版社:三笠書房
 天台宗の開祖伝教大師最澄、真言宗の開祖弘法大師空海 共に誰もが知る平安仏教界のビッグネームである。
 本書は空海の生涯を記したものだが、最澄との関係が実に人間臭く描かれているところが面白く、同時に最澄の人生をも知る効果を生んでいる。
 ストーリー仕立てながら、空海の代表的著述を網羅し、且要約を組み入れた格調高い面も合わせ持つ。仏典の堅苦しさ余り感じさせないのは作者の表現力に拠るところであろう。空海の生涯の面白さを平易な文章で一気に読ませてしまうところはタイトル通りである。
 同じ遣唐使舟で入唐した最澄、空海だが、官費留学生であった最澄に対し、空海は私費留学という違いがあったとは驚きである。
 日本仏教の聖地となっている高野山は2015年に開創1200年を迎えた。
2023年には空海がひらいた真言宗が立教開宗から1200年を迎える。東博では空海ゆかりの東寺展が開催されるなど、このところ弘法大師空海への関心が高まっている。空海入門書とも言えるような本だが、空海の生き様が十分に感じ取れる。特にその行動力には目を見張るものがある。天才と言える人がこのような努力をしてきたのである。凡人たる我々は…と考えさせられる。

68.
子規365日
 
子規365日

夏井 いつき 著  
定価:778円  文庫本:312ページ
出版社:朝日新聞出版
 俳句といえば芭蕉、蕪村、一茶といった江戸時代の俳人が思い浮かぶが、近代の俳壇をリードしたのは正岡子規である。俳句、短歌、新体詩、小説、評論、随筆など多方面に渡る創作活動を行い、日本の近代文学に多大な影響を及ぼした明治の文学者の一人である。
 その子規の句を子規と同郷(愛媛県)の現代の俳人夏井いつき氏が新聞のコラムで紹介してきたものを一冊の本にまとめたものである。一日一句1年をかけての「子規365日」である。夏井氏の自由な解釈が添えられ、句を味わうだけでなく、読み物としての面白さがある。
 テレビ番組「プレバト」で夏井氏が担当する俳句コーナーの人気の高まりから、このところ俳句ブームがおきている。五七五の短句の中に思いを込めて言葉を置いていく作業には難しさがあるが、パズルのような楽しさもあるようだ。俳句入門にと言ったら子規には申し訳ないが、夏井氏のウィットに富んだ解釈に引き込まれて、俳句の何某かが判ったように感じさせてくれる本である一読すればあなたも俳人である。秋の夜長に一句でも捻ってみれば風流かも。
  漱石が来て虚子が来て大晦日  子規

67.
渦
 
渦 妹背婦女庭訓 魂結び

大島 真寿美 著  
定価:1998円  単行本:361ページ
出版社:文藝春秋
 今年の直木賞の受賞作品である。
人形浄瑠璃黄金期の最後の名作と評される近松半二の生涯を描いたエンターテインメント小説である。
 表題にある妹背山婦女庭訓(いもせやまおんなていきん)が大坂竹本座で初演されたのが明和8年(1771年)で歌舞伎に押されて衰退の一途を辿っていた人形浄瑠璃を一時的にせよ復活させた作品である。
 松田ばく、三好松洛他等との合作ながら近松半二の代表作の一つと言われる。ちなみに浄瑠璃最盛期に近松門左衛門の代表作「曽根崎心中」が上演されたのが元禄16年(1703年)で、70年以上も前のことになる。
 ほぼ全編大阪弁で語られていく物語は主人公近松半二の破天荒な生き様と相俟ってユーモアたっぷりで、小気味よい展開をみせる。しかしながら立作者として上りつめた後半生は人気作家ゆえの苦悩に、浄瑠璃の斜陽、更には思いもかけない人の死が重なって様相は一変する。虚実の区別をなくし狂気帯び始めた主人公の言動には悲哀が漂う。それは正に浄瑠璃に関わってきた数知れない人達の怨念の渦に巻き込まれていくかごとくに。
 「妹背山婦女庭訓」は現代においても文楽・歌舞伎の人気演目の一つとして度々上演されている。

66.
民藝の歴史
 
民藝の歴史

志賀 直邦 著  
定価:1404円  ちくま学芸文庫:409ページ
出版社:筑摩書房
 日用の雑器に美的価値を見出し、活用しようとする民藝運動は柳宗悦が100年以上も前に提唱したものである。その母体としての日本民藝協会の設立は昭和9年で、現在もその本部となる東京駒場の日本民藝館を中心に活動を持続している。
 明治から大正にかけて軍国主義化していく世相に反応するように或る種アンチテーゼ的に発足した若者中心の新文学集団“白樺派”に柳は当初から参加していた。この活動が文学にとどまらず、美術、彫刻、陶芸といったジャンルまで拡がって行く中で、バーナード・リーチ(英国の美術家)、浅川兄弟(兄 伯教は朝鮮陶芸器の研究家、弟 巧は営林署勤務で朝鮮に在住)といったその後の民藝運動に繋がる人物達に出会うことになる。特に浅川兄弟を通じて触れた朝鮮陶芸に魅了された柳は戦前は何度も渡朝し、兄弟との交友を深めながら民藝思想の根幹を固めていくことになる。
 この民藝運動が近代化の流れの中で疲弊していた全国各地の地場産業の再興に大きく貢献しとことは言うまでもない。また日本人の美意識に大きな刺激を与えた運動であったことも否定出来ない。更には河井寛次郎、濱田庄司、芹沢銈介、棟方志功といった工藝会の巨人を輩出したことなども良くしられている。
 民藝運動の活動の総てを語る本書にて100年余の歴史を実感して欲しい。最後に朝鮮人に最も愛された日本人として知られる浅川巧については山梨県北杜市にある浅川兄弟資料館を訪れることをお勧めしたい。


65.
上高地
 
名作で楽しむ上高地

大森 久雄 編集  
定価:1080円  文庫:368ページ
出版社:山と渓谷社
 上高地はかつて神河内と呼ばれていた。まだ人跡もまばらであった時代、息を呑むばかりの峻険な山々に囲まれ、鬱蒼とした森の中、一筋の清冽な川が流れるこの地では神の存在が強く意識されたのであろう。
 そんな上高地の歴史と近代登山の黎明期から山を憧憬してきた人達の上高地への一途な思いを書き綴った随筆や抄をまとめたのが本書である。
 伝説的な山の案内人上條嘉門次との交流でも有名なW・ウェストンの槍ヶ岳初登攀の紀行文。山岳紀行に新体面を開いた小島鳥水の独特の文体。登山家のみならず、文人も山好きが多い。窪田空穂、若水牧水、高村光太郎、北杜夫等々。芥川龍之介も若かりし頃、山に親しんでいたようで「槍ヶ岳登山」という小作品を残している。劇作家の田中澄江が書いた「花の百名山」の中で、地図上の等高線を色で塗りつぶし、視覚的に山登りを楽しんだという話も面白い。
 ともかく、日本の山岳の中心地である上高地が、かくも多様で高尚な文章で紹介されていることが嬉しく、山好きには心酔の書と言えよう。


64.
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逆転の大中国史

楊 海英 著  
定価:896円  文庫:360ページ
出版社:文藝芸春秋
 視点を変えると物事の見え方が大きく変わることがある。地図などはこの一例と言えよう。例えば地図を逆さにしただけでも位置関係の認識が難しくなる程劇的に変化する。 
 極東の日本では中国をより大きく見せる東アジアの地図の影響からか日本人の心の中の常にチャイナ・コンプレックスがあるとモンゴル出身の著者が本書の中で強く指摘する。
 モンゴルはユーラシア大陸の中央アジアに位置する。ここではかつて縦横無尽に大陸を駆け巡り、中国(旧支那)を幾度となく席巻してきた彼等遊牧民の誇りから、中国に対するコンプレックスは全くないという。地図上でも中央アジアを中心に据えると中国(旧支那)はむしろ広大な大陸の片隅という位置付けでしかない。
 本書で語られている中央アジアの歴史は中国の歴史偏重の日本人においてはうとい部分である。しかしながら中国(旧支那)を悩まし、変遷に大きく関わってきたという事実にはこの地域の歴史認識がかなり重要だと思わせるものがある。
 文化人類学者である著者の論考は現代中国が抱える深刻な民族問題にも及んでおり、中国をより理解する上でも、大いに参考となる書と言えよう。



63.
aka

 
赤朽葉家の伝説

桜庭 一樹 著  
定価:864円  文庫:ページ
出版社:創元推理文庫
 舞台は山陰(鳥取)の一山村。たたら吹きから時代に即応した製鉄業への転換で財を成しこの地方に君臨する赤朽葉家。この旧家の女三代の不思議な物語である。
 祖母万葉は山の民の置き去りにされた子という特異な出自である。玉の輿で赤朽葉家に嫁ぐが、千里眼の能力を持ったことで人生に辛さや切なさを引きずる。古き良き日本の匂いを持った人物である。
 母け毛毬は学生時代番長で鳴らすも、友の死をキッカケにその憤まんを漫画にぶつけることで、図らずも漫画家として大成する。しかしながら日本経済の高度成長に呼応するがごとく、何かに取り付かれたような壮絶な仕事振りから自身の寿命を縮める。
 そして物語を語る孫の瞳子は仕事と恋に悩む平凡な女性だが、祖母が死に際に洩らした「私は人を殺した」の言葉に翻弄されて行く。その答えは製鉄不況(通称鉄冷えの時代)で廃炉に追い込まれていた高炉の取り壊しにより明らかとなる。この解明で瞳子は失っていた自信を取り戻すことになる。
 昭和、平和という戦後の日本の姿が走馬灯のように綴られ、最終章ではミステリー仕立てと盛り沢山の全体小説である。楽しめる一冊です。

62.
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京大変人講座

酒井 敏、小木曽 哲、山内 裕、那須 耕介、川上 浩司 著  
定価:1728円  単行本:269ページ
出版社:三笠書房
 京大の教授陣が講師となって開いた一般公開口座を一冊の本にまとめたものである。
 その主テーマは「変人がいるから人類は繁栄してきた」と実にユニークである。官僚養成学校として出発した東大に対し、海外に通ずる人材を育成するとする京大創立時からの理念に基づいた考え方だそうである。
 主テーマを反映するように各チャプター毎の切り口は斬新で、一般常識に疑問を抱かせるような内容に驚かされる。且つ体系的な理論で裏付けされているだけに説得力がある。
 「チコちゃんに叱られる」といった世間の物事に対する無関心さを揶揄するようなテレビ番組が人気になっている昨今でもある。少しばかり物事にこだわり、変人っぽく生きた方が世の中が面白くなると思わせてくれる本である。


61.
日本の歴史よみなおす
 
「日本の歴史をよみなおす(全)」

網野 善彦 著  
定価:1296円 筑摩学芸文庫:409ページ 
出版社:筑摩書房
 日本の社会が戦後の一時期から大きく変わりつつある。江戸時代から明治・大正そして昭和の初め頃まで大きく変わることなく、連綿として共有されてきた普通の常識であったことが、今はほとんど通用しなくなってきている。
 谷崎潤一郎が著書「陰翳礼讃」の中で日本人の芸術的な感性として詠った陰影文化の消滅。「苗代」「五徳」といった言葉の意味が通じなくなるほどの生活様式の急変。更には便所が臭くなくなったことなどは特筆すべき変化の一つとしてあげておきたい。
 このように現在の転換期によって忘れ去られようとしている社会、いまや消滅しつつある中高年世代の原体験にもつながる社会は室町時代までさかのぼれるというのが研究者の常識となっている。それ以前となると社会の有り様自体が不鮮明で、かなり異質の世界であったことが窺える。つまり見方を変えれば南北朝の動乱がおこり、室町幕府が成立した14世紀頃の日本の社会に大転換期にある現代日本が進むべき道の参考となるものがあるとの観点からまとめられている。全体を通して女性も大いに活躍した躍動感あふれる社会がそこにはあったことが印象的。
 もう一つの大きなテーマとして掲げている「日本は本当に農業社会であったのか。」の展開も面白い。島国日本と呼ぶと閉鎖的な感じを受けるが、日本は昔から解放的な海洋国であったという主張が興味深い。

60.   
闇冥
 
「闇 冥」
山岳ミステリーアンソロジー

馳 星周 (監修)  
定価:1058円 文庫:352ページ 
出版社:山と渓谷社
 中高年層が山登りの主役になって久しいが、近年機能性を高めた登山用具、用品がファッショナブルに映るのか或いは健康志向なのか若者が山に戻りつつある。
 山が賑わえば残念ながら遭難事故が起きる。ただその事故に人為的なものが加わっているとしたら、こんな恐ろしい事はない。そんな恐怖感をじわっと味わえるのが本書の山岳ミステリー・アンソロジーである。選者がノワール小説作家として有名な馳 星周氏となればどんな作品を選んだかという所に興味が行く。
 選ばれたのは松本清張「遭難」、新田次郎「錆びたピッケル」、加藤薫「遭難」、森村誠一「垂直の陥穴」の4作品。いずれも山岳ミステリーの傑作と言われるもので、さすがに期待を裏切らない選択である。
 人間の持つ闇の部分が非日常的な冬山の中で顔を出す。極限状態に追い込まれると人間は何と弱いものなのか。自分自身も含め誰しもが例外ではないなと思うと背筋が寒くなる。
 「山は登るのも面白いが、読むのも面白い。それを実感してもら得れば。」との選者の言葉。納得である。

59. 
アグルーガ

 
「アグルーカの行方」
角幡 唯介 著  
定価:842円 文庫:455ページ 
出版社:集英社
 ノンフィクション作家で探検家の角幡唯介氏の作品である。数々のノンフィクション賞の受賞歴がある氏は当作品でも第35回講談社ノンフィクション賞を受けている。氏の作品は極限とも言える探索の中へ読者を引き摺り込むようなリアルで迫力のある筆力が大きな魅力だと言えよう。
 今回の冒険譚は19世紀の探検家を虜にした極地(北極)の北西航路探求の歴史を絡めたものである。中でも約170年前に129名全員が死亡したイギリスのフランクリン隊の足跡を辿るのが主テーマとなっていることで、ミステリーの要素が加わり、面白さが倍増している。
 作者を含めた二人の冒険は氷点下30度から40度にまで下がる極地のおよそ1600キロの道程を驚くことに橇(そり)を人の力で引きながら踏破するものである。エピソードが多々ある中で、食料確保の為ながら撃ち殺した麝香(じゃこう)牛が子連れだったというシーンは作者の驚愕も伝わり、胸が締め付けられる。
 想像だにつかない極地旅行の疑似体験をこの本で味わってみて下さい。

58.                
探偵アロー
 
「探偵アローウッド 路地裏の依頼人」
ミック・フィンレー 著 /矢沢聖子 訳 
定価:1080円 文庫:480ページ 
出版社:ハーパーコリンズ・ジャパン
 シャーロックホームズの向こうを張った新探偵の登場である。その名は本の題名にもあるアローウッド。長身でスマートなホームズに対し正反対のずんぐり体型で格好は良くない。年令は明示されていないが、痛風持ちなので、そこそこの年回りのようだ。性格は癇癪持ちで、人情深い。ホームズのワトソンという相方同様、アローウッドにはバーネットという偉大な助っ人がいる。といった設定などからコナンドイルのシャーロックホームズをかなり意識しており、当初の単純な人探しから殺人が相次ぐ大事件に発展していく過程で、地元警察がホームズに捜査を依頼するといったエピソードまで盛り込まれている。
 小説の舞台は19世紀末のイギリス、テムズ川南岸のサウス・ロンドンと呼ばれる地区。この時代のロンドンは町全体が焼け、汚物などで臭気ただよう中、猥雑な喧噪が飛び交う光景が日常的。そんな情景に合致しているかのごとくアローウッド達の捜査手法も聞き込み主体で実に泥臭い。ただ本来捜査というものはこんな形で進められて行くものなのかと感じられるところがあり、苦労する彼等に同情と親しみを抱く。
  訳者あとがきによれば、この小説の著者ミック・フィンレーはイギリスのグラスゴー生まれの人で、現在は大学で心理学を教えるかたわら、各種著作を発表しているとの事。探偵アローウッドとしては始めての著作のようだが、今後シリーズ化してもいかしくない構成のシッカリした力作である。幾分長編ながら厭きさせないストーリー展開が心地よい。

57.
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「遠野物語」
柳田 国男 著 
定価:464円 文庫:114ページ 
出版社: 新潮社
 昨今山の怪(ふしぎなこと・あやしいこと)をテーマにした本が書店に多く並んでいる。山懐に住む人達の怪異な体験談が中心のようである。科学技術が進んでいる現代でもこれらの本が受けるのは人間の心の根底にある自然への憧憬と畏怖というものが時代を経ても余り変わっていないということであろう。
 「遠野物語」は明治末に書かれた本である
。民族学者であり、農務官僚であった柳田国男の代表作として知られる。東北岩手の内陸の地 遠野郷の住人より聞き取った不思議話しを119のエピソードにまとめたものである。文語体で書かれたその文章は口語体に馴れた現代人にはやや固さを感じるものの、そのことがむしろ時代色や物語の印象を強める効果が出ているように思う。
 この本の趣旨の中で冒頭に記されている遠野郷を訪れた時の紀行文が素晴らしい。正にこれから始まる不思議物語の郷を短文ながら詩情豊かに表現した名文である。本文に記されている説話はおそらく全国共通のものであろう。僅か100年程前の日本人が抱いていた心情や感覚である。現代の我々に繋がるものと考えると貴重な資料でもある。
 最後にこの文庫本に寄せた三島由紀夫の解説文の中で、本文中の一説話に対し、大変に面白い指摘をしているところがあることを付け加えておきたい。

56.
土

 
「土」地球最後のナゾ
100億人を養う土壌を求めて
藤井 一至 著 
定価:994円 新書:224ページ 
出版社: 光文社
 地味な土壌の話だが、著者(土壌研究者)の軽妙なジョークを交えた語り口からむしろ楽しく読める本である。しかしながら内容はシリアスである。世界の人口は既に70億人を超え、今世紀中には100億人に達する見込みで、近年の人口増加は顕著である。今でさえも1人の食料を支える畑の面積は14メートル×14メートルと少なく感じるに、人口激増に加え、温暖化に伴う砂漠化で耕作適地の土が更に減少すると一体どうなるのか。こんな不安な気持が研究の動機となっているようで、肥沃な土地を求めて世界中を駆け巡った報告書でもある。
 世界には最も肥沃な土として知られるチェルノーゼムを始めとして農業ができない永久凍土といったものまで12種類に大別される土があるそうだ。それぞれ一長一短があるが、農業適地という土壌は少ない印象だ。日本では芭蕉の句(足袋うみよごす黒ぼこの道)にもある黒ボク土が火山や温泉のある地域と重なってほぼ全国に分布するほか、裏山に多い若手土壌と稲作を支える水田土壌が重要な土としてあげられている。温暖な気候からか一見肥沃な国土と思われがちだが、必ずしもそうではなさそうである。
 月だ火星だといった話しが聞かれる昨今だが、土のない天体のことよりも、食料事情の観点からすれば、足元の地球にもっと目を向けてほしいとの本書の趣旨である。お腹いっぱい食べられるかに関わる土の話満載の本。人事ではないですよ。



55.
nara
 
奈良の八重桜 -仏師運慶伝-
神部 眞理子 著 
定価:1728円 単行本:344ページ 
出版社: 文芸社
 
運慶作とされている現存31体の中、実に22体の仏像を集めた美術展が昨秋東京国立博物館で開催された。出展作の中ではその眼差しに射竦められるような際立った存在感の無著菩薩像・世親菩薩立像(奈良・興福寺)、デビュー作と言われ精緻な造りが印象的な大日如来像(奈良・円成寺)、写実的で児童の生命感がほとばしる八大道子立像(和歌山・金剛峯寺)等々これら出展仏の一様でない多彩さに驚かされる。
 この運慶が制作した仏像が静岡県伊豆の国市の願成就院に8体(いずれも国宝)もあるというのが嬉しいところである。東博での美術展ではこの中の毘沙門天立像が展示されていた。はちきれんばかりの肉体を誇示するような堂々とした体躯の仏様である。同院では小さなお堂の中に8体総てが納められており、運慶が東国で初めて制作した仏像であるという観点からしても一見の価値はあろう。
 本書は貴族社会から武家社会へと移行する激動の時代を駆け抜け、傑作を生みだした仏師運慶の生涯を描いた小説である。奈良仏師としては本流ではなかった運慶等が父康慶から始まる仏師集団 慶派を確立していく過程や相弟子の快慶、子の湛慶といった慶派の仏師達が現存する諸仏の制作にどの様に関わっていたのか知る上で、フィクションなりの面白さがある。

54.
仏像と日本人
 
仏像と日本人 
碧海 寿広 著 
定価:929円 新書:255ページ 
出版社: 中央公論新社
 日本人にとって仏像とはどのような存在なのだろう。
日本中に仏像は無数にあるといっても過言ではない。身近の菩薩時にあるものから観光地の有名寺院のものまで千差万別である
。むろん信仰から生まれてきたこれら仏像でるが、博物館などで仏像を鑑賞している時などでは拝むという行為を忘れてしまうことが多い。
 本書は日本人が仏像とどの様に関わってきたのか歴史を辿って解説しているものである。仏教が渡来する飛鳥時代以来仏教文化の拡がりと共に夥しい数の仏像が作られ、江戸時代には巡礼や開帳(秘仏の一時的な公開)などが隆盛を極め仏像との関係が深まっていく。仏教との結縁を求めた信仰に基づく大衆の動きであるが、明治になると美術品という考え方が西洋から入ってきて、仏像との接し方が大きく様変わりすることになる。
 このあたりを本書では主要なテーマとして捉えている。仏像を美術鑑賞の対象として旅行記を書いた和辻哲郎の「古寺巡礼」に対し、あくまでも信仰の精神を大事とする亀井勝一郎の「大和古寺風物誌」との比較論。仏像写真の分野では土門拳、入江泰吉という、二人の人気写真家の相違をあげる。観光・美術・宗教との関連に論理を展開し、現代の我々の暮らしの中での仏像の有り様を探る。
 不信心の自分自身でも東寺講堂の21軀の仏像が織り成す立体曼荼羅の世界に浸ると安心感を覚えるのは先祖の血が為せるものなのか。


53.
田舎教師
 
田舎教師 
田山 花袋 著 
定価:799円 文庫:320ページ 
出版社: 岩波書店
 近代文学と称される時代の本を読み返してみるとそこにはつい最近まであった古き日本が鮮明に描写され郷愁を覚えることが少なくない。ましてや藤村と共に並び称される自然主義の代表的作家花袋の作品となればなおさらである。花袋と言えば私小説を思わせる文体の登場として注目を浴びた「蒲団」が代表作としてあげられる。今回取上げた「田舎教師」はその2年後の明治42年に発表された作品である。
 物語は中学出立ての主人公清三が寒村の小学校の代用教員として赴任するところから始まる。進学する友人等を羨みながらも季節の移ろいと共に地域に溶け込み、淡々とした教員生活を送る。しかしながら、病魔が次第に主人公を襲い、遼陽陥落(日露戦争)の戦勝祝いの提灯行列が町中を行き交う中、孤独と絶望のうちにその短い生涯を終える。
 この物語の主人公は実在の人物がモデルとなっているとされ、その人物が書き残した日記から発想を得たという。一青年の薄幸な運命を綴る物語だが、明治後期の一地方の社会世相が活写されて、詩情豊かな作品となっている。それにしても、病気見舞いに顔見知りの人達がこぞって駆け付ける光景など何と優しい社会であったことか……。


52.
小説の言葉尻を

 
小説の言葉尻をとらえてみた 
飯間 浩明 著 
定価:842円 新書:256ページ 
出版社: 光文社
 前々から気になるものの1つに「食べれる」「見れる」といったら抜きことばがある。テレビでもこのことばが使われた時には「食べられる」「見られる」と書き換えたテロップを流すことが良くある。と言うことはやはりら抜きことばはおかしいということなのか。ただ近頃ら抜きことばを使う人達が過半数を超えたとの統計もあるようで、この現実からすれば必ずしもどちらが正しいとはいい切れまい。
 この本は辞書を作る仕事に携わる筆者が小説の中で使われていることばの面白さに着目し、あらたな小説の楽しみ方を提案しているものである。
 冒頭のら抜きことばの事も文中に取り上げられている。普段何気なく使っていることばには、それぞれ変遷の歴史があることにあらためて気付かされる。ましてや使い方や意味さえも変わっていくことに、少なからず驚きを覚える。これからはも少しことばに関心を持ちながら小説を楽しみたいと思う。



51.
漱石山脈

 
漱石山脈 
長尾 剛 著 
定価:961円 新書:320ページ 
出版社: 朝日新聞出版
 題名に引かれて読んでみると正に山脈と言える漱石の人的交流が何と広いことか驚くことしきりである。教員生活が長かった漱石だけに教え子はむろんのこと、人気作家だった故にファンも多く、これに人を拒絶しない漱石自身の人間的な魅力が加わって、居住には多くの人が集まるようになり、やがて「木曜会」なる会が結成され、これが漱石が亡くなるまで続くことになる。この木曜会のメンバーを中心に漱石山脈と呼んでいるものである。
 本書はその主要メンバーを紹介しながら漱石の人となりを浮き彫りにしているのだが、それにしてもメンバー達の顔ぶれが何と多彩であることか。若き日に漱石の影響を受けたこれらメンバーがやがて文化面やその他の分野において日本を支えていく人達になっていったことが大変に興味深い。個人的には芥川竜之介が漱石山脈の末席に位置づけられていることに興味を抱いた。
 型破りでユニークな面々が多かった門下生に対し、漱石がいかに向き合っていたかのエピソード満載であり、漱石に同情を寄せたくなるところも少なくない。ここまで漱石の心持ちを知るとあらためて漱石の小説がよみたくなる。

50.
累ヶ淵

 
真景累ヶ淵 
三遊亭 円朝 著 
定価:950円 文庫:480ページ 
出版社: 角川書店
 円朝と聞くと怪談噺が想起される。幕末から明治にかけての落語家で近代落語の祖と呼ばれる人である。怪談物だけでなく
、人情物や外国の文学作品の翻案物を手掛けるなど多才な人であったようだ。鳴物や大道具を噺の中に取り入れたのは円朝が最初であったとされ、その技法は今回紹介の「真景累ヶ淵」にて完成を見たという。
 この真景累ヶ淵は新聞連載用として明治20年9月から21年3月まで全97回に渡って口述筆記により収録されたもので、これが当時単行本されており、本書の低本となっている。
江戸時代に流布した「累ヶ淵」の説話を下敷にした作品で円朝の代表作の一つとされ、古典的な評価を得ている。
 旗本深見親左衛門の金貸しの鍼医皆川宗悦を切り殺したとこを発端に両家の子孫が次々と不幸に陥っていく筋立てで、因果応報というおどろどろしさを強く感じさせる物語である。長いストーリーだけに登場人物の因果関係を見失い勝ちとなるが、エピローグまで来るとオムニバス化していた話が一挙に繋がり始め、あ然とする展開の中、これまでのうっ積が霧散するような安堵感を得る結末を迎える。

49.
高く長い壁
 
高く長い壁 
浅田 次郎 著 
定価: 1728円 文庫:304ページ 
出版社: 角川書店
 浅田次郎の初の戦争ミステリー小説というキャッチフレーズを聞いただけで胸が高まる。しかも舞台は日中戦争最中の中国である。「蒼穹の昴」「中原の虹」といった清朝末期の歴史小説に酔いしれた読者からすれば再び中国物ということで見逃せない。
 長城の張飛嶺で警固の任務についていた第一分隊10名全員が死亡するという大事件がおきた。当局から要請を受けた従軍作家の小柳逸馬が現地に赴き真相究明にあたる。同行の川津中尉は目付役らしく何故かよそよそしい。憲兵隊の手に余る事件とは。真相が明らかになるにつれ、大義ない戦争に翻弄される兵士達の悲哀が浮き彫りになって行く。
 この小説の背景にある武漢作戦では日中戦争最大規模の30万人以上の兵力が動員されている。しかしながら広大な中国大陸での戦果は限定的で、むしろ軍中枢部の焦りを煽る結果となる。事態は次第に泥沼化し、やがて日本は太平洋戦争へと突き進んで行くことになる。
 上質なミステリーをお楽しみ下さい。 

48.
冒険家
 
最後の冒険家 
石川 直樹 著 
定価: 691円 文庫:214ページ 
出版社: 集英社
 登山家植村直己がマッキンリー(正式名デナリ)で消息を絶ったニュースは衝撃であった。本書はこの植村の功績を称えて設けられた植村直己冒険賞の第5回受賞者である神田道夫の熱気球への執念ともいえる人生を描いたものである。著者は第1回目の太平洋横断のパートナーとなった冒険家の石川直樹氏である。
 神田は1988年に12910mの熱気球高度世界記録、1994年に2366.1キロの長距離世界記録、1997年に50時間38分の滞空時間世界記録を立て続けに樹立するなど熱気球の世界で瞬く間に第一人者となった人である。更には2000年にパキスタン東部ののヒマラヤ・ナンガパルバット峰(標高8125m)越えに成功、日本人初、世界2例目の快挙を成し遂げる。このことが評価されて前述の植村直己冒険賞を受けることになる。
 この後太平洋横断を企てることになり、2004年1月に第1回目の遠征が実行される。この遠征は失敗に終わるのだが、著者自身がパートナーだっただけにその時の状況は本の中で詳述されている。飛行開始から、フライトの状態、そして太平洋真っ只中での墜落、救助までの経緯等々その内容は驚きの連続で、正に体験者しか語れないものである。この本が第6回開高健ノンフィクション賞受賞作であることが肯ける。
 2008年1月第2回目の太平洋横断遠征が実行に移される。残念ながら単独飛行を余儀なくされたその無謀さ故か、神田はこの遠征で消息不明となり、いまだ気球もゴンドラも発見されていない。

47.
民族で読み解く世界史

 
「民族」で読み解く世界史 
宇山卓栄 著 
定価: 1728円 単行本:312ページ 
出版社: 日本実業出版社
 人類の歴史は戦争の歴史だと言っても過言ではないくらいに現代においても世界各地で紛争が絶えることがない
。人種や宗教といった根の深い問題や、最近では米国のトランプ大統領が掲げたアメリカ・ファースト主義に基づく政策が貿易戦争という新たな火種を生み始めている。人間とは何故にかくも融和を嫌い、差別を好むのか不思議な生き物としか思えないところがある。
 本書は「民族」で読み解く世界史タイトルにあるように世界中の民族がどのような歴史を辿ってきたのか民族別に簡明に記されているものである。民族の違いは紛争の大きな火種の一つであり、これに宗教が絡むと原理主義的な考え方が加わってかなり複雑な様相を呈するところとなる。
 イラン人とイラク人とでは民族が異なると聞くと驚きであり、イスラエルのパレスチナ問題、クルド人の独立問題といった我々にはなかなか理解が難しい中東。中国のような統一王朝がヨーロッパでは生まれなかった理由。同じヨーロッパの植民地ながら南北アメリカが辿った大きな差異。主要4語族に分けられるアフリカの民族分布。ロヒンギャ問題を今に残す東南アジアの複雑さ。中国・韓国・日本の民族としての位置付け。等々現代の世界中の紛争問題が見えてくるようだ。

46.
西部本

 
西部 邁  最後の思索 
「日本人とは、何者ぞ」
西部  邁、澤村  修治、浜崎 洋介 著 
定価: 1620円 単行本:309ページ 
出版社: 飛鳥新社
 保守派の評論家で社会経済学者の西部
邁氏が今年(2018年)1月に多摩川で入水自殺した。この自裁に絡み、自殺幇助の容疑で逮捕者が出たとも報じられていた。
 本書はTOKYO MXのトーク番組「西部邁ゼミナール」の特別企画(20回シリーズ)として前年に収録(放映)されたものを書籍化したものである。聖徳太子の飛鳥時代から現代に至る実に1400年間の日本及び日本人論を時代別に語っているもので、進行役の西部氏を中心に澤村修治氏、浜崎洋介氏の2人の文芸評論家を交えての鼎談という形を取っている。
 日本の歴史を思想の変遷で辿る構成が新鮮で、且つ博覧強記の3人が語る論説が鋭く明解でるあるため、まさに歴史を見直している感がある。
 時代を乗り切ってきた古人(いにしえびと)達の思いや生き様がダイレクトに伝わって来るものがあり、当然ながら現代の我々にも受け継がれているものを改めて確認することで失いつつある日本人のアイデンティティーが取り戻せたらと思う。


45.
本 西太后 
西太后秘録 上・下
ユン・チアン  著 、川副  智子 訳 
定価 上・下とも各:1944円 単行本:上 298ページ、下 306ページ 
出版社: 
講談社
 米映画「北京の55日」や「ラストエンペラー」に登場した西太后(慈禧太后)は中国最後の統一王朝となった清朝260年余りの歴史の重みを彷彿とさせるがごとく、荘厳、華麗に描かれていた。
 武則天(唐代)、呂后(漢代)と共に中国三大悪女の一人として否定的な評価の多い西太后だが、毛沢東の死後に公になった厖大な中国語の歴史文献の研究が進んだことで、その実像はかなり違ったものであることが判ってきている。
 本書はこれら歴史家の研究資料をもとに、同時代の西欧人たちが残した日記、書簡、回想録などと検証しながら、西太后の実像に迫るもので、西太后を中国近代化の基礎を作った偉大な政治家であったと位置付けている。
 西太后は清の第9代皇帝の咸豊帝の側妃で、第10代の同治帝の実母でもあり、更には妹の子を第11代光緒帝として即位させたことで72才の生涯を閉じるまで権力の中枢にあった人物である。「アロー戦争(第二次アヘン戦争)」「日清戦争」「戊戌の政変」「義和団の乱」等々歴史の転換期の中で、清朝を再建すべく奔走した西太后の苦悩はいかばかりであったか。光緒帝崩御後に間もなく亡くなった西太后の遺言で、甥に当たる当時3才の溥儀が宣統帝(第12代)として即位するが、そのわずか3年後に清朝は辛亥革命で倒れることになる。」
 日本も大きく関わった清朝末期のドキュメンタリー、驚きの連続である。


44.
逝きし世の面影
 
逝きし世の面影
渡辺 京二  著  
定価:2052円(ソフトカバー) 単行本:604ページ 
出版社: 
平凡社ライブラリー
 近代化は洋の東西を問わず封建的な因習・様式を瓦解していくのが必然であり、宿命でもある。日本でも明治政府が推進してきた西欧化策から急速に近代化がすすみ、古来の伝統は瞬く間に影を潜める様相を呈してきた。明治維新から既に150年も経過すると近代化以前の日本社会が一体どの様なものであったのか、全く判らなくなっている。
 本書は江戸末期から明治にかけて来日した西洋人が書き残した日本に関する多くの文献から当時の日本社会を浮き彫りしようとする試みのものである。
 筆者によれば当時の日本の知識人は西欧化に固執する余り、日本古来の伝統を軽視する嫌いがあり、彼等には日本そのものが見えなくなっていたことを指摘する。一方「エキゾティズム見慣れぬこまごまとした生活の細部に目を注ぐ。従ってそれはある文明の肌ざわりを再現することができる」と評価しており、異邦人の目が本質を捉えていると強調する。
 冒頭からこの時期に1つの文明が滅びたと断言しているように、現代の日本人が全く知らない世界がそこにはある。その失ったものの上に今の世の中があるとすれば、「温故知新」という言葉からして昔日の日本人に思いを馳せることもたまには必要なのでは。驚き満載の本である。
 

43.
イモータル

 
イモータル
萩 耿介  著  
定価:886円 文庫:363ページ 
出版社: 
中央公論新社
 不思議な力を持つ「智慧の書」は迷える人の前に現れてその魂を救う働きがある。
 真面目なサラリーマンだが思うようにならない自分の人生に幾分嫌気がさしている主人公。一方自由奔放に生き15年前にインドで行方不明になった兄。この兄が残した「智慧の書」に誘われるように兄の失踪原因を探るべくインドに出向く。
 ここから実際に古代インドの智慧書「ウパニシャッド」の翻訳に関わった二人の人物を中心に壮大なドラマが展開していく。一人は18世紀末のフランス革命前後に実在した東洋学者、インド学者のデュペロン。もう一人は16世紀中頃のインドムガル帝国の皇子ダーラ・シコーである。
 エピローグは時空を超えて主人公自身が「智慧の書」に直接関わることになるが、内容については控えたい。
 なお冒頭に登場する「智慧の書」はドイツの哲学者ショーペンハウアー(1788年~1860年)の主著「意志と表象としての世界」であることを示唆している。ショーペンハウアーがデュペロン訳「ウパニシャッド」の強い影響を受けたことはよく知られている。
 古代インド哲学の一端に触れたような感じを受ける本である。

42.
明治の文化

 
明治の文化
色川 大吉  著  
定価:337円 岩波現代文庫:398ページ 
出版社: 岩波書店

 武蔵国多摩郡深沢村(現五日市町)と呼ばれた戸数20戸ほどの僻村の朽ち果てた土蔵の中で発見された史料は維新当時の民衆意識を知るう上で貴重なものであった。その中からは人民憲法草案や希少な国会開設期限短縮建白書などが発見された。またこんな山村にどんなに学習熱や政治熱に沸き立っていたかを示す数百冊の書籍や幾つかの民権結社の規約やメモ類も同時に発見された。
 そして、これまで名前さえ知られなかったこれら憲法起草者や村の指導者がいずれも地域の農民や商人、小学教員といった民衆の生活と深く結びついた「平民」であったとことを筆者は驚きをもって語っている。
これら史料を踏まえて歴史家である筆者の研究テーマの1つでもある民衆意識からみる歴史考察を明治の文化としてまとめたものが本書である。
長きに渡った封建社会から解放された一般民衆の世の中への期待はいかばかりであったか。しかしながら、発見された史料から窺えるように藩閥専制政治に反対して立ち上がった自由民権運動もやがて鎮圧されていった経緯などからすれば、明治に入っても民衆は圧政に苦しめられていたようだ。筆者の天皇制に対する持論も絡めて近代日本の精神構造の全体的把握を追及しており、大正、昭和へと繋がる精神文化の変遷を知る上で、興味深い。

41.
生存者ゼロ
 
生存者ゼロ
安生 正  著  
定価:810円 文庫:491ページ 
出版社: 宝島社

 14世紀にヨーロッパで流行したペスト(黒死病)、19~20世紀にかけて様々な地域で発生したコレラ、20世紀初頭世界を席巻したスペインかぜ(インフルエンザ)等々人類を襲うパンデミックの恐さは想像を絶するものがある。最近でも伝染力の強さと致死率の高さで世界を震撼させたエボラ出血熱が記憶に新しい。
 本書はフィクションながら、臨場感溢れる筆致からパンデミックの恐怖が身近に迫って来るような錯覚に陥る。
 厳寒の北海道根室沖、北太平洋上の石油掘削プラットフォームから始まった惨劇が、時の政府の無知、無策も災いして、或る日突然パンデミックの様相を呈す。
 何が起こっているのか判らない底知れぬ恐怖感、やがて実体が見えてくるにしたがい、身の毛がよだつ惨状に絶望感しかない虚しさが拡がっていく。35億年も生き続けている細菌、ウィルスを相手にたかだか500万年の人類が勝てる術は。
 身震いしながらの一気読みであった。

40.
不死身の特攻隊
 
不死身の特攻兵
軍神はなぜ上官に反抗したか
鴻上 尚史  著  
定価:950円 現代新書:296ページ 
出版社: 講談社

 世界を震撼させた特攻隊は戦局が著しく悪化した1944年(昭和19年)10月25日海軍の「神風特別攻撃隊」の出撃から始まった。その2週間と少し遅れた11月12日に陸軍の「陸軍特別攻撃隊」が出撃する。この陸軍の1回目の特攻隊に「9回特攻に出撃して9回生きて帰ってきた」という稀有な行動を貫いた特攻隊員(佐々木友次氏)がいた。
 佐々木氏は戦後多くを語らなかったとのことだが、同氏に興味を抱いた著者の熱意もあって、92才で亡くなる直前の同氏への直接インタビューが実現。その内容が本書にまとめられている。
 百田尚樹氏の著作「永遠の0(ゼロ)」でも強く指摘されているように戦争は不条理を条理として押し進めてしまう残酷さを秘め、軍隊内では命令される側が常に多大な犠牲を強いられる側面を持つ。特攻はその最たるものであると思うし、命令する側の特攻はあくまでも志願であるとする形にこだわってきた姿勢は滑稽であり、憤りを覚える。
 特攻隊員の抵抗は一体どの様なものであったのか。人間を狂気に追い込む戦争の恐さが見える。

39.
死を悼む動物たち

 
死を悼む動物たち
バーバラ・J・キング  著/秋山 勝 訳  
定価:1058円 文庫:388ページ 
出版社: 草思社

 欧州(EU圏)では豚が畜牛類を大きく上回る域内唯一の国だそうで、その数は2倍以上になるという
 豚の繁栄というよりは豚の受難を思わせる感がある。又、オランダで食肉処理場に新規制という記事があった。最近ハラールという言葉を良く見聞きする。イスラム法で許されている食べ物を指すとのこと。その教義に基づく食肉処理の手法に待ったがかかったという記事である。従来欧州では家畜を処分する際、事前に気絶処理することを義務付けているが、宗教上の処理においては家畜を適正に扱うという条件下で意識があるうちの処理方法を例外的に認めて来た。しかしながら動物に苦痛をもたらすという動物愛護の世論の拡がりが、この度の動きとなったようだ。
 こういった家畜との関わりのほか、昨今ペットの増加が顕著であり、人間と動物との関係は一層濃密なものとなってきている。ただ人間が動物を真に理解しているかという点においては疑問と言わざるを得ない。
人間は進化過程において死を悼むことを身に付けてきているが、はたして動物はそうではないと言い切れるだろうかという観点から語られているのが本書である。自然人類学者の多年渡る動物行動の研究から「死を悼む動物たち」が浮き彫りにされている。文中人間も動物に悲しみをもたらす存在であるといった記述には胸が痛む。動物の心にもっと思いを寄せることが必要なのだと思い知らされる本である。

38.
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「アルケミスト」夢を旅した少年
パウロ・コエーリョ  著/山川紘矢・山川亜希子 訳  
定価:596円 ペーパーバック:1994ページ 
出版社: 角川書店

 表題のアルケミスト(alchemist)は錬金術師の意。錬金術とは黄金をつくり出す技術の追求とし、不老長寿の霊薬の調合と重なり合う中で、広く物質の化学的変化を対象とするに至った古代、中世における一種の自然学である。又、西洋・東洋を問わず、それぞれに宗教・哲学と結びつき固有の内容を持っているものである。
羊飼いの少年サンチャゴが夢に従って旅に出て、ついには錬金術の秘密を手に入れるという物語の中に、すべての金属を金に変える賢者の石と不老不死の霊薬を持つ錬金術師が重要な人物として登場する。
 作者のパウロ・コエーリョ(ブラジル)は世界中を旅しながら、精力的に執筆活動を続けている人で「星の巡礼」(87年)で注目を集め、翌88年刊行の本書が世界的なベストセラーとなる。夢を生きることの大切さを童話風のストーリーにまとめた本書は、サン・テグジュペリの童話「星の王子さま」に並び称されるほどの評価を得ている。
 人間が人間らしく生きていくには夢を抱き、その夢の実現に腐心していくことだと感じた。

37.
hotaka

 
穂高に死す
安川 茂雄  著  
定価:972円 文庫新:424ページ 
出版社: 山と渓谷社

 かつて若者達の夢が駆け巡った山々がいつのまにか中高年層に席巻されて久しい。最近でこそ機能的でファッショナブルな登山ウェアに身を包んだ若人が散見されるようになり、山も幾分華やかさを取り戻した感がある。
 戦後の経済復興を背景に、一時期登山が大衆化し、ブームと呼べる様相を呈した。私もこの時期、毎年7月の声を聞くと、夏山シーズンだと心の中で呼びながら、慌ただしく登山準備に取り掛かる。そして新宿駅を午前8時丁度に出るあずさ2号に飛び乗り、混雑な車中ながら、これから始まる北アルプスへの山行に胸を踊らせていたものだった。
 本書は明治38年から昭和34年度までの近代登山の黎明期からピーク時にかけておきた山岳遭難の事例をドキュメンタリータッチで事故時の状況を克明に記したものである。我々大衆化時代の登山を違って揺籃期のそれはストイックとも言える異質な世界であった。初登頂、初登
という功名心にはやる余り、何と多くの有望な若者達が山の犠牲の上で近代登山が確立されてきたことなどを考えると、むしろ敬意を表すべきであろうとも思える。青春の煌めきを放ちながら山で逝った彼等の鎮魂として読みたい本である。

36.
美術の力

 
美術の力 表現の原点を辿る
宮下 規久朗  著  
定価:1058円 新書:272ページ 
出版社: 光文社

 内外の逸品が展示会で気軽に見られるなんて嬉しい時代である。本書は日本で開催された美術展を例示しながら、ルネサンスが花開き長らく西洋美術の中心にあったイタリアを中心に美術の本質を語っているものである。
 その中では「画家の王子」と言われたティツィアーノ、自然主義を代表するアルチンボルト、西洋美術史上最大の天才ガラバッチョに興味が引かれる。一方日本美術界の項目では「最後の浮世絵師」と呼ばれる月岡芳年、欧米で人気の高い河鍋暁斎が目を引く。更には日本を去らざるを得なかった藤田嗣治をその原因となる作品を絡めて紹介しているところが興味深い。
 「真に優れた美術はつねに宗教的であり、美術と宗教とは実は同じものなのだ」と著者自身が語るように、美術は心の糧となるものであり、人生を豊かにするものであろう。又「美術を見るということは感性だけの営為ではなく、非常に知的な行為である」と述べており、より深く作品を理解するには相応の知識が必要だとしている。美術の力を多面的に追及している本書には意外な部分も多く含まれており、美術鑑賞が好きな方には楽しめる本だと思う。

35.
神坐す山
 
神坐す山の物語
浅田 次郎  著  
定価:640円 文庫:280ページ 
出版社: 双葉社

 山登りをしていると神が居ると感じる時がある。御岳山(木曾)に登っていた時の事である。夜耒の雨があがり切らず、濃霧で視界が悪い中、単調な登りの連続で登山気分は萎えていた。喘ぎながらも頂上に大分近づいた頃であった。突然一条の光が射し始め、背中に暖かさを感じて思わず振り返ると眼下にはまるでスペクタル映画を見ているような光景が展開していた。山肌を厚く覆っていた霧が何かに引き込まれるように瞬く間に後退りし、天空では日差しに抗うごとき猛り狂っていた雲が次第に駆逐されて、やがて辺りは広い斜面に表出した緑の草原と済みきった青空が一体化した容相に一変した。こんな瞬間とも思える時間での大自然の躍動を目の当たりにすると神の偉業ではないかと想像したくもなる。
 前置きが長くなったが、本書の神坐す山は同じ御岳山でも読み方は「みたけさん」山域の広い奥秩父山塊の一画、奥多摩エリアに位置する。この信仰の山ではるか昔から神主を営む家にまつわる不思議な出来事が綴られている。この家が作者の母親の実家になるとのことで、登場人物は実名で書かれ、ストーリーもすべて実話に基づくものだとしている。
 同作者には代表作の一つである中国の清朝末期をテーマとした歴史小説「中国の虹」といった圧巻の作品があるが、一方本書のような古き良き日本、アメージングな日本を描いた作品も数多く、人気作家たる所以であろう。

34.
雪冤
 
雪冤
大門 剛明  著  
定価:691円 ハードカバー:396ページ 
出版社: 角川書店

 ミステリーなのにこんなにも切なく、胸を締め付ける内容だなんて
ストーリー全体を貫く死刑制度や冤罪の問題を読者にも突き付けむしろミステリーの枠を超えている。重苦しいテーマを扱うが、全く予想だにしない展開とそのエンターテインメント性が救いとなっており、複雑に絡まった糸が1つにまとまるまで息がつけない。最後の最後までドンデン返しの連続といった印象で読み物として大変に面白い。
この本は2009年(平成21年)にスタートした裁判員制度の直前に書かれたものである。実際に裁判員に指名されて死刑判決に関わった場合どのような心構えで事に臨むのかを問うたものともみられる。誰にも関係する事柄だけに、このような本で一度考えておく必要があるように思う。
なおタイトルの「雪冤」は文字通り、無実の罪をすすぐことの意である。

33.
君たちはどう生きるか

 
君たちはどう生きるか
吉野 源三郎  著  
定価:1404円 単行本ソフトカバー:320ページ 
出版社: マガジンハウス

 80年以上も前に書かれた本だが、今あらためて注目され、ベストセラーとなっている。タイトルからも連想されるように児童向けの人生訓といった内容だが、堅苦しさはない。少子化の時代になって子供の教育がより重要さを増していることが、この本が売れている背景にあるものと推される。
 父親を亡くした15才の少年に親代りとなる叔父が、人間としての生き方やものの見方、考え方などを折々にまとめた1冊のノートを介して諭していくストーリー展開である。このノートに記される叔父の伝えようとする気持が実に情熱的で且愛情豊かである。こんな人に子供時代に出会えたら幸せであろうと思わせてくれる。
 どう生きるかは大人でも大事なテーマであり、この本を読んでみると大切な事に気づかされるものがあり、児童書と簡単に片付けられないようだ。

32.
おすすめ本 
ある奴隷少女に起こった出来事
ハリエット・アン・ジェイコブズ 著、堀越 ゆき 訳  
定価:680円 文庫:343ページ 出版社: 新潮社
 アメリカの奴隷制度はイギリスがバージニア植民地に初めて入植した直後(1618年)に始まり、南北戦争の終結に伴い批准されたアメリカ合衆国憲法修正第13条の施行(1865年)を以って事実上終わったことになっている。しかしながら、人種差別や偏見はその後も根強く残り、この状況の改善は公民権運動が起こる1950年代まで待たなければならないことになる。
 この本は奴隷制度真っ只中に生まれ、その半生を奴隷として苦しめられた黒人女性の自叙伝である。余りにもショッキングな描写から当初は実話ではなくフィクション(作者不詳明の)と思われていた為、注目を浴びなかったが、その後の研究により本人自筆の自伝であると判明したことで評価を得、出版から120年以上を経てベストセラーとなる経緯を辿っている。
 著者の過酷な体験を既に奴隷制のない時代の我々読者がどう感じるかは様々だが、絶望的な状況の中で筆者が文中で「残虐性というものは文明から見放された小社会(コミュニティ)で伝染する」と述懐しているところなどは人間社会の恐ろしさが何処にでも存在していることを想起させる言葉であると考えさせられる。現代社会が抱える問題も本質的には変わらないと考えるとノンフィクションで迫る本書は何らかの示唆を我々に与えているように思う。

31.
本能寺の変431

 
本能寺の変 431年目の真実
明智 憲三朗 著  
定価:778円 文庫:345ページ 出版社: 文芸社
 歴史の定説には史実とは大きく異なるものが少なくないと言われる。当然ながら時の為政者の都合に合わせ改竄されることは避けられないことである。更には読本や芸能などで脚色が加えられ、事実は捩じ曲げられていく。
 本書は明智光秀謀叛の真想を当時の史料を徹底的に調べ上げた上で、再検証しているもので怨念説、野望説といった従来の定説とは大分掛け離れた結果には目を見張る。
 先達て放映されたNHK大河ドラマ「おんな城主直虎」の本能寺の変では本書で主張している説が多く採用されていたように思う。実は本書の著者は明智の子孫とのことで、先祖の名誉を挽回すべく思いでの成果からすると正に本懐を遂げたと言ったところであろう。
 筆者がエピローグで語っている日本の大東亜戦争の失敗は信長、秀吉と同じ轍を踏んだものと結びつけている考えは興味深い。

30.
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奇想の系譜
辻 惟雄 著  
定価:1404円 文庫:275ページ 出版社: 筑摩書房
 奇矯(エキセントリック)で幻想的(ファンタスティック)なイメージの表出を特色とする画家を奇想の系譜として紹介している本書。その対象を江戸初期活躍の岩佐又兵衛・狩野山雪、中期の伊藤若冲・曾我簫白・長沢蘆雪、末期の歌川国芳の6人に置いている。今でこそ一般に良く知られているこれら絵師達であるが、この本の初版が出た当時(1970年)は専門家の間でも知名度は低く、作品に対する評価も芳しくなかったなどと知ると実に驚きである。
 実は本書がこれら埋没していた絵師達を再出させる契機となったと言われており、このことが作品群の海外流失に歯止めがかかるといった成果にも繋がっている。さすがに、日本美術史研究の第一人者の著書だけに、挿絵豊富に加え、絵師等の出自、来歴にも詳しく読み物としてのみならず、資料としての価値感も備わっている。
大分後になって出版された姉妹編の「奇想の図譜」(ちくま学芸文庫)では、日本美術の歴史には奇想性に大きな特徴があると持論を展開しており、併せて読むと更に面白いと思う。

29.
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殺人犯はそこにいる
清水 潔 著  
定価:810円 文庫:509ページ 出版社: 新潮社
 本書は1979年から1996年までの17年の間に、北関東(栃木県、群馬県)で連続しておきた5件の幼女誘拐殺害(うち1件は行方不明)事件に焦点をあてたノンフィクションである。
 民放テレビ局のドキュメンタリー番組の企画で始まった取材から、この一連の事件の中で唯一判決確定している「足利事件」は免罪ではないかとの確証を得ていく。この経緯については本書の核心的な部分にも当たるので省略するが、著者等の無罪確証を裏付けとした執念とも言える取材報道がやがて司法を動かし「足利事件」の免罪を導き出すことになる。迫真に満ちた筆致からか有罪の根拠となっていたDNA型鑑定が疑問視されていく課程での警察の面子優先の対応には憤りを覚えてしまう程である。結論から言えば著者が願っていた「関東連続幼女誘拐殺人事件」としての再捜査への期待は時効を理由に阻まれ、すべての事件が未だ解決していない現実には何とも言い難いものがある。
 つい最近「袴田事件」の東京高裁即時抗告審に対する再審開始の可否が来年(2018)年3月末までに決まる見通しとのニュース報道があった。この事件も本書の大きなテーマの一つとなったDNA型鑑定の信ぴょう性を巡り長期化しているので、その動向が注目される。

28.
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百人一首の謎を解く
草野 隆 著  
定価:799円 新書:224ページ 出版社: 新潮社
 以前ご紹介した「QED百人一首の呪」(高田崇史著)は謎多い百人一首に新たな解釈を絡めて殺人事件を解決するミステリー小説であった。当然ながら百人一首の各歌が文中にちりばめられていて、百人一首のお好きな方には申し分ない本である。
 今回ご紹介の本書は大学の先生の執筆になるもので、タイトル通り百人一首の謎を専門的な目から解析したものである。専門家だけに数多く世に出ている概説書や注釈書に精通し、それらを踏まえた上での独自の疑問点提示、その証明には大変に興味ひかれるものがある。
 それにしても、不幸な歌人の歌が多い。「よみ人しらず」の歌がない等々知らなかったことばかりで(周知だと言う人もいるかも知れないが)、百人一首の見方が大きく変わったと言えよう。

27.
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花鳥の夢
山本 兼一 著  
定価:821円 文庫: 508ページ 出版社: 文藝春秋
 日本美術史上もっとも著名な画人の一人である狩野永徳の生涯を描いた作品である。
 御用絵師として基盤を固めつつある永徳の立場を脅かすごとく現れた長谷川等伯の存在が実に興味深く描かれており、特に永徳の父松栄の門で学んでいた等伯を、その画才に嫉妬した永徳が辞めさせた文中エピソードが面白い。「唐獅子図屏風」「洛中洛外図屏風」「聚光院障壁画」など現代に残る作品の評価からしても、その画業は当時から揺るぎないものであったと推量するが、職業画家集団を守らなければならない狩野派総師としての苦悩を形容するようなエピソードであろう。
 永徳代表作の数々が今そこで制作されているかのごとくの迫力ある筆致で描かれているので、長編ながら厭きることなく読める作品でる。なお等伯についてはその生涯を描く「等伯」(安部龍太郎著)を読まれることをお勧めする。

26.
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QED百人一首宇の呪
高田 崇史 著  
定価:886円 文庫: 520ページ 出版社: 講談社
 高田崇史氏のQEDシリーズと呼ぶ日本の推理小説シリーズは本編に外伝2作を加え、全19巻が発表されている。主人公の桑原崇が事件と共に古文・歴史・人物に隠された謎を解く内容はシリーズを通して一貫している。本書はこのQEDシリーズ第一回目作品である。QEDとは数字、哲学などの証明の末尾に示し、証明終わりという意味を持ったラテン語を頭文字で表したものである。
 実はこのシリーズのことはこれまで全く知らなかったのだが、百人一首の呪というタイトルに引かれてたまたま手にしたもので、再版の様子から見て、かなりの人気シリーズであるらしい。百人一首は色々謎が多く、諸説が出ている中で、この本は殺人事件を絡めてのミステリーという形を取りながら、新説を打ち出しているところが、人気を得ている一因であろう。更には本好きが好むウンチクが網羅しているなどそれなりに読み応えもある。なお文中核として取りあげられている和歌の意味や作者のプロフィールを理解するうえで、自分自身は「原色小倉百人一首」(文英堂)を参考として並行読みしたことで、より面白さが増したものと感じている。

25.
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日の名残り The Remaims of the Day
カズオ イシグロ 著 、土屋正雄 訳 、ハヤカワ文庫 
定価:648円 文庫: 227ページ 出版社:
 今年のノーベル文学賞を受賞した日系イギリス人作家カズオ・イシグロの代表作である。
 物語はイギリス貴族に長年仕えた老執事の半生を描いたもの。時は流れて大英帝国の崩壊、貴族階級の没落を象徴するかのように老執事の雇主も大屋敷の新たな所有者となったアメリカ人の富豪に変わっている。
 大きな時代の変化と年齢的な不安も加わって失意の日々が続く中、新雇主の好意から生涯始めての旅行の機会を得る。この旅を通して華やかで自負心に満ちていた頃の記憶が語られていく。この旅の目的の一つにかつて恋心を抱いていた元女中頭との再会があり、この顛末故かそれまで揺るぎのなかった追憶の中身が徐々に変化する。
 遠い記憶を上質なビロードの肌触り感で語られる心地良さがあり、たまには自分自身の人生を振り返ってみることも大切だなと思わせてくれる。

24.
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銀の匙
中 勘助 著  
定価:648円 文庫: 227ページ 出版社:岩波書店
 不思議な感覚を受ける小説である。子供時代の記憶は一体に朧げなものだが、ここでの子供の目で綴られている体験談は実に鮮明で色鮮やかである。子供の頃の感性がこんなにも豊かなものであったのかと、驚きとともに共鳴するところが多々あり、自分自身の幼児期、少年期の甘酸っぱい郷愁がよみがえるような気持になる。
 解説を書いた和辻哲郎(哲学者)も子供の心の細かい陰影の描写などは
実際驚嘆に価すると記している。
 詩人である中勘助の散文は詩的であり、正に走馬灯を眺めるような懐かしさが滲む文章に魅せられる。
 尚、中勘助(東京出身)は一時期静岡市(葵区羽鳥)に疎開していたことがあり、同市葵区新間には文学記念館が設けられており、当地ゆかりの人物であることは良く知られていることろである。

23.
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破 壊
島崎 藤村 著  
定価:972円 文庫: 440ページ 出版社:岩波書店
 日本社会の暗部と言える賤民問題を真っ向から取り上げた藤村の「破壊」が書かれていたのは1905(明治38)年であった。明治4年の法施行により賤民は廃止されている訳だが、封建社会の身分制度に根付いた社会意識を変革することは容易ではないことがこの本からも見て取れる。
 出自に悩む主人公瀬川松の意を決した教壇上での告白のシーン、それに伴う教員辞職、米国への渡航と社会からの逃避しか選択肢のない結末に胸が痛む。
 人種、民族、宗教等々の問題で世界中で紛争が絶えず、最近では米国の白人至上主義の台頭による事件発生、更には日本でのヘイトスピーチといったものまで人間が本質的に持っている差別意識が保身から生じるものとは言え、実に罪深いものであることを本書にて再確認したい。

22.
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野火
大岡 昇平 著  
定価: 464円 文庫: 182ページ 出版社: 新潮社
 「日本は開戦から半年、持っても1年は優勢を維持することができる
が、それ以降は米国等連合国の国力が日本を圧倒するであろう」これは山本五十六が戦前に語った言葉である。
 日中戦争の行き詰まり打開で始まった太平洋戦争は当初から勝機の見通し薄く、開戦自体が無謀であったとされる。この結果、戦場で兵士達を待ち受けていた運命は筆舌に尽くし難い残虐、悲痛なものであった。
 この小説「野火」は太平洋戦争の激戦地の一つとなったフィリピン・レイテ島を舞台に主人公「私」こと田村一等兵が、敗戦真っ只中絶望的なまでの状況に追い込まれていく姿を克明に描いているものである。
 ここで語られている驚愕のストーリーが小説だと片付けられないのが
実に切なく、戦争の不条理について改めて考えさせられるところである。

21.
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思考の整理学
外山 滋比呂 著  
定価: 562円 文庫: 223ページ 出版社: 筑摩書房
 近頃シンギュラリティという言葉が目につく。コンピューター社会の1つの特異点である「人工知能AIが人間の能力を越え、人類の存在意識や社会のあり方が大きく変わる日」を概念として使っている言葉らしい。シンギュラリティを辞書で引いてみると奇妙(なもの)、異常(なもの)
、非凡、ブラックホール等々決して穏やかとは言えない意味が並んでいる。
 何となく不安視もされるような未来社会だが、一方「AIそのものは新しい価値や成長を生み出すわけではない。イノベーションを起こすには新しい価値や社会制度の変革が必要であり、それは人間にしかできない。」という考え方もある。
 とすれば人間はやはり人間らしい思考能力を駆使してAIに立ち向かっていかなければならない。では思考能力を高めていくにはどうしたらいいのか。まさにこの難題を解決するには本書が最適だと思い紹介に到った。
 要約すれば思考の集積(突然頭に浮かんだものは極力メモに取る)、整理、熟成といった一連の作業を繰り返すことで、創造的思考を生み出す手法である。クリエイティブな仕事を強く求められる現代社会人にとっては藁にもすがる内容だと思う。無から有は生まれないが読後実感である。 

20.
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曾根崎心中 冥途の飛脚 心中天の網島
近松門左衛門 著 / 諏訪春雄 注釈 
定価: 907円 文庫: 302ページ 出版社: 角川学芸出版
 近松の人形浄瑠璃のうち世話物と言われる代表作三篇を集録。あらすじ、現代語訳、底本(脚注付)で構成されており、江戸時代の文体や言語が理解し易い形を取る。義太夫語りの底本は現代人には判りづらいものだが、詳細な脚注がそれをカバーしている。
 「曾根崎心中」(お初と徳兵衛)
 「冥途の飛脚」(梅川と忠兵衛)
 「心中天の網島」(小春と治兵衛)
 いずれも実際にあった事件を近松が脚色したもので、商家の主や店者が遊里の女性と恋仲に陥ることで、悲運(心中)に追い込まれる話がテーマである。江戸時代は飢饉の多発などから庶民の生活が困窮し、心中が流行するといった社会現象が起きており、時代を反映させた作品であったようだ。
 この近松の悲恋物は日本人の心に深く根差し、現代においても文楽、歌舞伎で繰り返し上演されており、我々にも馴染み深いものとなっている。こんな本を読んでから劇場に足を運べば義太夫で泣けるかも。

19.
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岡倉天心「茶の本」をよむ
田中 仙堂 著 
定価: 1264円 文庫: 376ページ 出版社: 講談社
 西洋列強に負けじと国威発揚に務めていた時代、日本文化を英文で世界に紹介する本が相次いで登場する。その代表的なものが「武士道」(新渡戸稲造)、「茶の本」(岡倉天心)、「代表的日本人」(内村鑑三)である。
いずれも後に日本語の訳本が出版されて日本人にも広く読み継がれており、日本文化紹介の三大名著と位置付けされている。
 本書は現代茶道界を代表する一人の田中仙堂氏が天心の「茶の本」を
読み取る形で出版した新書である。西洋との比較論を展開する中で茶道を日本の宗教だと断言する天心の考えを田中氏が専門家側からの目で読み解いており、資料的な価値も加わって原典をさらに興味深いものに発展させている。ボストン美術館の東洋部長もつとめた天心の日本を文明国として認めさせたいとする強い思いが全篇を貫いている。


Iさんおすすめの本 バックナンバー


18.
おそろし 
三島屋変調百物語事始
宮部 みゆき 著 
定価:778円 ペーパーバック: 489ページ 出版社: 角川書店
 人間の身勝手な思惑(恋心)が思いも掛けない悲劇を生じるという事件から始まる三島屋変調百物語。
 眼前でおこった惨事の衝撃からかたくなに心を閉ざす主人公おちか。そのおちかの心を癒す意図から叔父である三島屋伊兵衛が仕組んだ百物語。おちかを聞き手とし「悲しみ、苦しみ、罪を背負う者はおまえだけではない。」と伝えようとする。
 本書はおちかの事件であり、百物語の軸となる「邪恋」(道にはずれた恋) を含め5篇で構成。シリーズ化し、既に本書の外「あんじゅう」「泣き童子」「三鬼」が刊行されている。 人間慈愛が染み出ている宮部みゆきの怪談話、それだけに読後も心に残るものが多い。人間が信じられないと感じる時が少なくない昨今こんな本で心を暖めてみては如何でしょうか。
17.
掏摸(すり)
中村 文則 著 
定価:1404円 単行本: 175ページ 出版社: 河出書房新社
 スリという反社会的な行為にも拘わらず、その一連の動作は実にスリリングでむしろ快感を覚えてしまう。むろん作者の筆力もあるのだが。
 このスリを生業とする主人公が友人とのしがらみから得体の知れない組織に翻弄されて行く。子供の万引きから知り合った親子を人質に命を賭する羽目に。主人公の心理描写がストーリーに深みを持たせながらラストまで息を詰める展開である。なお主人公の生死は本書では語らず、兄妹編とされる「王国」に委ねている。
 海外でも注目されたように印象の強い作品である。
16.
代表的日本人
内村 鑑三 著 / 齋藤  慎子 現代日本語訳
定価:1512円  単行本 240ページ  出版社: 報知出版社
 以前紹介した新渡戸稲造の「武士道」同様本書も同時期に欧米向けに英文にて出版されたものである。作者の内村鑑三は札幌農学校(北海道大学の前身)時代 新渡戸とは同級の間柄で同氏を終生の友とした。
 農学校在学時代にキリスト教に入信。従来の教会的キリスト教に対し、無教会主義を主唱したキリスト教思想家である。そんな思想背景を持った内村が心酔したのが西郷隆盛、上杉鷹山、二宮尊徳、中江藤樹、日蓮上人の5人。いずれも清廉潔白な生き方ををした偉人達である。
 自分自身をきびしく律し、並みはずれた信念の強さが人々に感銘を与え、やがては世の中を変える程の偉業を成すという共通したストーリーに感動を覚える。貧困層の拡大といった格差がすすむ現代の日本社会を見て、これら偉人達はどんな思いをいだくのだろうか。
15.
応仁の乱
呉座 勇一 著 
定価:972円  新書 302ページ  出版社: 中央公論新社
 京都の西陣(東西に分かれた二大陣営のうち西軍が陣地を張ったことが地名の由来)に名を残すほど「応仁の乱」は日本史上最大の内乱の一つであった。ただ「人の世むなし応仁の乱」(1467年)の語呂合わせで無理やり覚えた年号だが、事件の中身については
意外に判っていない。そんな訳で、そのタイトルに惹かれたことと、受験勉強の懐かしさもあって読んでみた。
 強く印象に残ったのは権力の中枢が弱まるといかに国や組織が乱れるかということである。将軍の権力の低下や失政も原因して管領家の単なる内紛が、天下を2分する程の大乱にまで拡大。終息するまでに実に11年もかかることになる。この間の生き残りを
かけた大名等の合従連衡はすさまじく、現代の中東の紛争を連想させるものがある。
 乱後はおなじみの戦国時代に突入していくことになる。乱前の動向を含めた国内事情が大変に良く判る本で戦争とは何ぞやと考えさせられる内容である。是非一読を。
14.
日本人の英語
マーク・ピーターセン 著 
定価:799円  新書 196ページ  出版社: 岩波書店
 “ 上野動物園のパンダ ” を英語にすると以下の3つの形になる。
1.the pandas of Ueno Zoo 2.Ueno Zoo’s Pandas 3.Ueno Zoo Pandas
 この違いが判りますか。 
日本語の「XのY」を英語で表現する時、「Y of X」にするか「X’s Y」にするか迷いませんか。実は上記2の形が一番所有感が強く、1は単なる所有、3は特別なと言うニュアンスがあることを知っていれば迷いは払拭(Keep away)です。
 日本人の書く英語は文法に余り間違いはないが、英文を支える基本的な論理や感覚が判っていない為、ちぐはぐな文章になることが多いと筆者は指摘する。 ネイティブから見たおかしな日本人の英語の本。笑いながら読んでみて下さい。実感しますよ。
13.
武士道
新渡戸 稲造 著 / 奈良本 辰也 訳・解説
定価:単行本1162円 文庫535円  出版社: 三笠書房
 日本人の精神的・道徳的支柱は「武士道」にあると内外に知らしめた教育者・思想家  新渡戸稲造の名著。
 もともとは欧米人向けに英文で書かれたもの。初版は明治33年(1900年)米国。当時日清戦争に勝利するなど、東アジアで抬頭する日本への関心の高まりもあり注目を浴び、世界的なベストセラーになる。後に日本訳語版が出版され、日本人に対して「武士道」という概念を改めて再確認させる指南書となっている。
 近代日本発展の原動力となった「武士道」だが、バックボーンであった封建社会の崩壊以上に、太平洋戦争の敗戦に伴うその精神の希薄化は更に深刻だと訳者は語っている。もしかしたら、現代の過労死、いじめ、DV等々の社会問題の増加はこのあたりが
起因しているのではないかと自分自身は感じるのだが……
12.
墨東奇譚
永井 荷風 著
定価:540円 文庫 196ページ 出版社: 岩波文庫
 永井荷風の最高傑作とされる作品。小説家である主人公 大江匡と娼婦お雪との出会いと別れを私娼窟 玉の井を舞台に情緒豊かに描く。この主人公 大江は永井の分身とされ、玄人筋を中心とした女性遍歴で有名な作者だけに、別れの場では女性への愛惜の情が執拗に出ていて興味深い。この作品は昭和11年の脱稿になるもので、実際にあった玉の井の風景が永井のノスタルジーを醸す文体で浮彫りされ、更には木村荘八の挿絵が気運を高める。この時代に ‘一寸だけ’ タイムスリップしたいと思うのは私だけだろうか。
11.
能・文楽・歌舞伎
ドナルド・キーン 著  、吉田 健一、松宮 史朗 訳
定価:1350円 文庫 400ページ 出版社: 講談社学術文庫
 世阿弥が、近松が、藤十郎が身近に感じる。体系的に描かれた能・文楽の世界を堪能しながら同時に日本の伝統芸能の流れも理解させてくれる。歌舞伎を含めた日本の演劇論にも及びその内容は圧巻の一言に尽きる。
 日本をこよなく愛した著者ドナルド・キーン氏。日本文学と日本文化研究の第一人者でもある。本文中の氏の講演の中での話しで、演劇の新しい時代が始まったのはアーサー・ミラーではなく、近松からだとする説には目を見張る。近松はミラーよりも240年以上前に現代劇では当たり前となっている一般庶民をテーマにした脚本(浄瑠璃・歌舞伎)を既に書いているのである。
10.
陰翳礼讃
谷崎 潤一郎 著
定価:514円 文庫 213ページ 出版社: 中央公論新社
 失いつつある日本的な美に思いを寄せながら独自の美意識で語る随筆集。表題作の陰翳礼讃では日本は翳(かげ)の文化だとし、西洋化に伴う、電燈の普及などから美的感覚が大きく変化していることを嘆く。戦前の作品ながら、或る意味日本文化の本質を捉えていることもあって、現代の我々にも共感する所が多い。グローバル化で薄れ行く日本人のアイデンティティーを再確認するのに好適な本とも言えそうだ。


9.
罪の声
塩田 武士 著
定価: 1782円 単行本: 418ページ  出版社: 講談社
 父親の遺品の中から見付かった一冊の黒革のノート、物語はここから始まった。
読み進める内に或る事に気付く。そう実際の事件に似ていると。30年余前に関西
圏でおこったグリコ、森永事件。迫真のストーリー展開により次第にこの未解決
事件とフィクションとの区別がつかなくなる。現在と過去が交錯しながら、正に
実際の事件が解決していくような錯覚に陥る。
8.
古寺巡礼
和辻 哲郎 著
定価:972円 文庫287ぺージ 出版社:岩波書店
哲学者 和辻哲郎がおよそ100年前に奈良の古寺を訪れた時の印象記。著者の仏教
美術における造詣の深さと卓越した識見により、第一級の観光案内書ともなって
おり、現在まで読み継がれている所以でもある。奈良再訪の折には是非お供に。
今までの古寺探訪とは全く違ったものになること請合いである。
7.
若 冲
澤田 瞳子 著
定価:1728円 単行本358ページ 出版社:文藝春秋
 多彩な作品群で近年注目を集める若冲。京都の青物問屋の跡取りとして生まれ
た若冲がどの様にして華麗なる作品を産み出してきたのか、その生涯を含めてよ
く判る。天才とはこういう人物を言うのだろうか。
6.
ビブリア古書堂の事件手帳 7~栞子さんと果てしない舞台~
三上 延 著
定価:702円  出版社:メディアワークス
 稀覯本ミステリーとして人気のある本書。今回はシリーズ始めて洋書が登場。
全編を通して一冊の世界的希書の真贋騒動を主テーマに練られた構想でストーリー
を展開。2年余を経て発刊されたシリーズ7作目、完結編でもある。
5.
カムイ伝講義
田中優子 著
定価:文庫 1080円、単行本 1680円  出版社:ちくま文庫
ゴミ問題が深刻化する現代社会、化学物質の有無という違いはあるにせよ参考と
すべきところが多々あろう。是非ご一読を。
4.
土 
長塚 節(ながつか たかし) 著
定価:680円(税込) 文庫:361ページ 出版社:新潮文庫
 贅沢を戒めるため娘に読ませたいとした漱石の推薦図書。
100年前の茨城の農村が舞台。農民文学の代表作品。
3.
六の宮の姫君 (円紫師匠と私シリーズ第4作)
北村 薫 著
定価:626円(税込) 文庫:283ページ   出版社: 東京創元社
芥川竜之介の短編をめぐって推理するだけの話だが、種々の本
の紹介や芥川の畏友である菊池寛との関係も興味深く本好きには
堪らない一書。
2.
最後の秘境  東京藝大  天才たちのカオスな日常
二宮 敦人著
定価:1,512円 単行本:288ページ 出版社:新潮社
全く知らなかった藝大の世界。浮世離れした藝大生のその凄さ。
芸術は金がかかるが実感。
1.
ビック・ファット・キャットの世界一簡単な英語の大百科事典
向山淳子/ 向山貴彦/ たかしまてつを/ studio ET CETRA   
定価:1,404円(税込) 単行本:171ページ 出版社:幻冬舎
英文てこんなに簡単なんだと思わせてくれる本。獰猛なファッ
ト・キャット(太猫)のイラストもキュート (^ ^)
本書も昨今の英語攻略本に見る多読を必須とする。


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